FC2ブログ
 
■カウンター

■プロフィール

甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

■検索フォーム

■最新記事
■カレンダー

11 | 2019/12 | 01
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

■月別アーカイブ

■カテゴリ
■RSSリンクの表示
■QRコード

QR

「いのち」を得るために開く本とは?

2001年7月週報より
あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。   (ヨハネ伝5章39節)

 クリスチャンであるなしにかかわらず、「バイブル」が置かれているのを見ると粛然とした気持ちになるのではないでしょうか。「粗末に扱うとやばいかなあ」とか、「了見を入れ替えなきゃいかんかなあ」とか。それだけ、聖書は世界中で権威の書として認められています。
 中には聖書を文学として鑑賞する人もいますし、歴史の文献として研究する人もいます。しかし、イスラエルの民やクリスチャンたちはいのちを与える「神のことば」として聖書を読み続けてきました。

 ところが、イエス様と対立したユダヤ教の学者たちはその熱心な探求にもかかわらず、聖書が示していた救いを受け入れようとはしませんでした。「しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。」という預言に期待しながら、このみことばが指さしていたイエス・キリストを信じようとはしませんでした。

 手紙を受け取った人は、時候のご挨拶よりも何よりも、用件が何であるかに注目することでしょう。聖書が私たちの手に置かれているのは、罪人である私たちが神の御子イエス・キリストを信じて永遠のいのちをいただくためです。

 イエス様は2000年前、ユダヤ人たちのかたくなな心に直面して嘆かれたように、この悩める時代に向かって、「あなたがたは、いのちを得るためにわたしのもとに来ようとはしません。」と招き続けておられます。あなたがイエス様のもとに行きさえすれば、そこにはすべての人の乾きをいやす「永遠のいのち」が今なお涌き続けているのです。



無題 | 10:10:11 | トラックバック(0) | コメント(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する