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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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災害は何を教えてくれるのか?

私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。それは朝ごとに新しい。「あなたの真実は力強い。
(哀歌3章22、23節)

スマトラ沖地震の津波の惨劇の記憶も覚めやらぬ間に、インドネシアが再び震災に見舞われました。犠牲となられた方々の魂は神の御手に委ねる他ありませんが、心身に深い傷を負い、生活の基盤を失われた方々の支えと回復を、切に祈らずにはおれません。救出の現場で懸命に働いておられる方々も、私たちの祈りの支援を必要としています。

自然災害のもたらす被害は甚大ですが、とかく自己満足に陥りがちな私たちに、優しい同情心を呼び覚ます機会をくれます。平穏無事であることは、当たり前ではないことに気づかされます。屋根の下に安心して眠れること、不足なく食べれること、毎日風呂に入れること、どれ一つとっても、感謝せずにはおれない、神の恵みなのです。

ヨブという人は相次ぐ惨事に見舞われたとき、「私は裸で母の胎から出て来た。また、裸で私はかしこに帰ろう。主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。」(ヨブ1-21)と言って、神をほめたたえる信仰の心を失いませんでした。どれほど用心し、善行を努めているつもりでも、災難に遭うこともありますし、病気にもなります。ひとりひとりが選べることは、その出来事を、どう受け止めるかだけです。
ヨブはと言えば、「このようになっても罪を犯さず、神に愚痴をこぼさなかった。」(23)とあります。なぜ、ヨブは、そのような態度を取れたのでしょうか。彼は、神の愛を信じ切っていたにちがいありません。神のなさることに、悪いことなどあるはずがないと確信していたのでしょう。
どんなに恵まれていても、そのことに気づけなければ、文句が先になります。とかく、あれも足りない、これも気に入らないと、神に背を向けがちです。このような不信仰な人が、何か良いことを期待できるでしょうか。

聖書は、「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。」(ヘブル11-6)と言い切っています。イエス様が私たちの罪を代わりに負ってくださったので、私たちは赦されていることを、何にも増して、まず感謝しましょう。人の喝采を受けるような業績は何一つ挙げることができなくても、日々のありふれた日常を感謝できる信仰の人をこそ、神は喜んでくださるのです。



無題 | 14:36:14 | トラックバック(0) | コメント(0)
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