2001年6月週報より
私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。 (ガラテヤ書5章16節)
一昨日、大阪でまた惨劇が起こってしまいました。関係者の皆様に神の深い慰めがあらんことをお祈り申し上げます。
今、せめて私たちが気づかなければならない現実は何でしょうか。それは人間が罪人であるという事実です。そして、神が提供しておられる救いを必要としているということです。
聖書は人間の姿を、「彼らの目の前には、神に対する恐れがない。」と表現しています。これは神を無視しても、人間が努力さえすればこの世を理想の世界にできるという思い上がりを戒めることばではないでしょうか。
「どのようにして若い人は自分の道をきよく保てるでしょうか。」という問いかけに、「あなたのことばに従ってそれを守ることです。」と聖書は答えています。更に、「主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。」とも表現しています。
この罪の問題と苦闘したのが宣教者パウロでしょう。彼は罪の束縛の中にある現実に幾度も幻滅しましたが、「こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。」とキリスト信仰の勝利に歓喜しました。
この世に理想郷を求めても無理ですが、イエス・キリストと共に歩むところに天国は確実に始まります。私たちの罪の性質が変えられて、神を喜ぶ者とされます。礼拝に集い合い、救い主イエス様を褒め讃えるところに天国はあります。
「主を求めよ。お会いできる間に。近くにおられるうちに、呼び求めよ。」と神は招いておられます。