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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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誰かに、ご挨拶を忘れてませんか

(2002年週報より)
ですから、聖霊が言われるとおりです。「きょう、もし御声を聞くならば、荒野での試みの日に御怒りを引き起こしたときのように、心をかたくなにしてはならない。 (ヘブル書3章7、8節)

 子育てをしながら願うことの一つは、気持ちよく挨拶のできる子になってほしいということではないでしょうか。起きて来るなり食事に手を伸ばそうとする3歳の息子に、顔を見て「おはようございます。」と朝の挨拶をするようにしつけています。
 ところが、寝ぼけていることもあって、なかなか素直に挨拶ができません。促せば促すほど、心をかたくなにしているようです。こちらがジレて、その場を離れると、しばらくしてその気になるようです。
 
きっと、天の父なる神様も私たちの素直な挨拶を待っておられるのでしょう。そちらにはお尻を向けたまま、自分の世界に没頭している人間の姿を聖書は「罪人」と呼んでいます。これが無作法の根っこです。神様はこの頑固な姿勢を変えるように求めておられます。
 私たちが朝目覚めるのは神様が揺り動かして「おはよう!」とご挨拶くださるからではないでしょうか。冷気に触れる時、「元気でね」と語りかけていてくださるような気がします。聖書を開けば、私たちを愛するイエス様のみことばがあふれ出てきます。

 それに応えて、私たちは感謝を捧げているでしょうか。いつも天で私たちのために祈っていてくださるイエス様に礼拝の時間を聖別しているでしょうか。キリストのからだなる教会をどれだけ尊重しているでしょうか。
 私たちを憎む者に挨拶をすることはむずかしいことです。しかし、イエス様は私たち罪人を救うために命を棄ててくださったのです。このお方に私たちは心からのご挨拶、礼拝をお捧げしようではありませんか。



無題 | 09:25:23 | トラックバック(0) | コメント(0)
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