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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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信頼して間違いないお方!


 
あなたがたは、世界の光です。山の上にある町は隠れる事ができません。また、あかりをつけて、それを枡の下に置く者はありません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいる人々全部を照らします。(マタイ伝5章14、15節)

 先週開かれたJBBF創立70周年記念式典での聖歌隊の賛美を聴かせていただき、その美しさと力強さに感動しました。一緒に歌おうと準備した教会の姉妹たちが録音の大聖歌隊に合わせて賛美してくれるのを楽しみにしましょう。また、集われた兄姉たちが聖霊に満たされ、それぞれの教会に帰って、イエス様の証人として奉仕されるのですから、福音宣教が大いに前進するにちがいありません。更なるフェローシップの成長を祈りましょう。

 70年前、焦土と化した日本に聖書を手に、イエス様の救いを伝える宣教師が送られてきたことは、日本復興の大きな原動力となりました。私はその第一号教会となったCBB教会で信仰者としての基礎を学びましたが、その会堂は最初のF宣教師が地を選び、建てたものでした。そのときの宣教師たちの精神をもって、甘木で働かなければと思わされます。

 先週、私たちはイエス様の最初の弟子となったペテロやヨハネがガリラヤ湖上で信仰の訓練を受けたことを学びました。彼らはプロの漁師としての知識や技術を誇っていたのですが、どうしたことか、一晩中、これはと思うところに網を下ろしてみたのですが、一匹も捕れませんでした。ところが、イエス様が支持されたところに網を下ろしたとき、網が破れそうになるほどの大漁だったのです。そのときペテロは、「主よ。私のような者から離れてください。私は、罪深い人間ですから。」(ルカ5-8)とイエス様の足もとにひれ伏しました。彼はこのとき初めて、イエス様を「神のキリスト」(ルカ9-20)と信じたのかもしれません。

 私たちもイエス様に、「どこで、何をすべきですか?」とお尋ねする必要があります。もちろん、これまでしてきたことも主の御導きをいただいたものと信じていますが、あらためて、主の支持を仰いでみましょう。更に多くの実を実らせる方法があるかもしれません。
 その後、ペテロはキリストの力強い説教者へと成長していきましたが、彼が力説したのは「イエス・キリストの御名」(使徒4-10)にのみ、「人を罪から救う権威がある」ということでした。私たちも、この権威あるお名前を証してまいりましょう。



メッセージ | 20:48:48
このお名前によって祈ろう!

したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。(ヘブル書7章25節)

 万端整え、行くばかりとなっていたJBBF70周年記念聖会への参加でしたが、大型台風の影響を考慮し、キャンセルしました。代りに、夏季休暇に入った姉妹たちと、小さな集いをしました。学びに取り上げたのは、パウロのヨーロッパ宣教の初穂となったルデヤという女性(使徒16-14)です。彼女はパウロの宣 教によって主を信じ、家族とともにバプテスマを受け、福音がピリピの町に宣べ伝えられるために、大きな役割を果たしました。

 まず、ルデヤはイエス様の救いについて聞いたことはなかったかもしれませんが、「神を敬う」人でした。聖霊はそのようなルデヤの「心を開いて」、イエス様を信じる信仰を起こし、パウロの宣教協力者として用いられたのです。
 甘木でも、主がルデヤのような姉妹たちを用いておられることを感謝します。その学びの後、「あさくら音楽祭」のためにコーラスとベルの練習もしました。「ささげ物を携えて、主の大庭にはいれ。」(詩篇96-8)とあります。皆さんでますます良き賛美のささげ物を用意して、主に礼拝をお捧げしてまいりましょう。

 このところ礼拝において、「イエス・キリストの名」の持つ権威について教えられています。ペテロたちはその宣教において、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。」(使徒3-6)と行って、イエス・キリストの御名の権威を用いました。これこそいかなる時代においても、どこにおいても、教会の 宝、福音宣教の推進力です。

 大変動きの遅かった台風10号ですが、いよいよ九州に近付き、日本を縦断するようです。災害のなきよう備えるとともに、ガリラヤ湖の嵐を静められた主イエス様の御名の権威によって、守りを祈り続けます。それは決して、おまじないのようなものではありません。「すべてのものは、この方によって造られた。」
(ヨハネ1-3)とあるように、自然界を創造し、今なお支配しておられるキリストの御名の権威をお借りして祈るのです。愛の神は「耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。」(コリント10-13)と約束しておられます。恐れず、主イエス様の御名により、祈りつつ前進してまいりまし ょう。



メッセージ | 20:53:18
奇跡を起こす「権威あるお名前」
このイエスの御名が、その御名を信じる信仰のゆえに、あなたがたがいま見ており知っているこの人を強くしたのです。イエスによって与えられる信仰が、この人を皆さんの目の前で完全なからだにしたのです。(使徒の働き3章16節)

 暦の上では立秋を過ぎましたので、これからは残暑、秋風の立つ日も近いです。上手に冷房を使って、熱中症にならないように気をつけましょう。今週の火、水と浜松で開かれるJBBF70周年記念聖会に牧師夫妻と田中姉が参加予定ですが、台風10号がどう動くかで、成り行きが微妙になっています。一年がかりで準備してくださった掛川BBCの御労が報われますよう祈るばかりです。

 先礼拝では前回に続いて、足の立たない物乞いの男が主イエス・キリストの御名の権威によって癒され、歩き、跳ねて神を讃美したメッセージを聴きました。これを観た人たちは「驚き、あきれた。」(使徒3-10)とありますから、二千年前の人々にも想像のできない出来事だったのでしょう。では、どのようにして、この奇跡は起こったのでしょうか。

 まず、この奇跡に用いられたペテロは熱心なイエス様の弟子でしたが、イエス様が捕えられたとき、弟子であることを否定したような、弱く、不従順な人物でした。そのペテロが主の十字架、葬り、復活を目撃し、聖霊を受けることによって、イエス様の御名を用いて、力ある御業のできる宣教者へと造り変えられていたのです。

 ペテロは「その男を見つめ」(4)とありますが、その眼力が男の信仰を引き起こし、「ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。」(6)という権威ある命令によって、彼の中にも、「主イエス様には私を立たせる力がある」という信仰が沸き上がってきたのでしょう。癒す側、癒される側双方に、揺るがない信仰があったればこその奇跡でした。

 私たちの細胞の一つ一つは神によって造られ、日々養われています。私たちがその神の権威を認め、心からの礼拝をお捧げするとき、神の力と祝福はドッと私たちのいのちへ注がれてきます。ペテロが告白したように、私たちもまた「イエス様の復活の証人」とさせていただきましょう。そのとき、私たちとその周辺に主イエス様が、どのような祝福の御業を為してくださるでしょうか。信仰に生きる者には、大いなる楽しみと期待があります。



メッセージ | 16:01:13
権威ある御名により祈りましょう!
すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。
(エペソ書6章18節)

 先日、久しぶりに入所中のM姉をお訪ねしました。ベルを持って来ていることをお伝えすると、施設の方が、「演奏会が始まりますよ」と声を掛けてくださり、十数名の皆さんが集まって、楽しい「夏の唱歌・懐メロ・賛美歌コンサート」が始まりました。熱波に疲れ気味だった皆さんも、爽やかなベルの響きに目覚めたようで、リードして歌い出す人もあり、終わってみたら、一時間が経っていました。あんなに喜んでいただけるなら、今度はもっと準備してお訪ねしようと思います。

 先週、私たちは身体の障害の故に、物乞い生活をしていた人が、「イエス・キリストの名によって、歩きなさい。」(使徒3-6)と命じられたとき、「歩いたり、はねたりしながら、神を賛美」(8)するようになったメッセージを聴き、「イエス・キリスト」の御名が持つ権威に驚きました。イエス様を信じている私たちにも、同じ聖霊の賜物が与えられています。それはイエス・キリスト様の御名による祈りです。魔術を使うことではありません。神への正しい祈りです。
 物乞いの男はお金を恵んでもらおうとしました。ペテロは彼に、「金銀は私にはない。」と伝えました。彼が欲した金銭的な援助を与えることはできませんでしたが、それ以上の祝福、自ら働きに出れるよう、彼の脚力を回復してやることができたのです。ここに、教会の大切な使命が明らかにされています。

 私たちは金銭的援助も力仕事もできないのが現実です。しかし、権威ある主イエス・キリストの御名により祈る特権を授かっています。その賜物を活用すれば、神と人に大いに役立つことができます。各地で福音の証しを続ける諸教会のためにも、難問と苦闘している国の指導者たちのためにも祈りましょう。

 夏休みになり、K姉とMっちゃんが集われ、久しぶりに共に主に礼拝をお捧げできました。ベルの讃美にも加わり、イエス様に栄光が帰されました。Mちゃんの高校受験のためにも祈りましょう。帰りに入所中のI兄もお訪ねし、一緒に「いつくしみ深き」も讃美しました。猛暑の8月も、イエス様にしっかり結びついて、「水路のそばに植わった木のよう」(詩篇1-3)に、「愛、喜び、平安」の聖霊の身を結びつつ歩んでまいりましょう。



メッセージ | 15:44:24