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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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神の計画に期待する幸い!
神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。(ローマ書8章28節)

 先週の「母の日感謝礼拝」には、1名の新来者、4名の再来会者があり、ミュージックベルやジョイフルクワイヤの賛美を楽しみ、心を開いて、メッセージも聴かれました。「母の日を寿ぎここに贈るなり一鉢の花なれを慰む」という短歌を添えてプレゼントしたガーベラも、大切に育ててもらえることでしょう。久しぶりの持ち寄りランチにはフィリピン料理も色を添え、カメルーンについてのクイズに頭を捻りつつ、皆さん堪能された御様子でした。
 「心が洗われました」、「また孫も連れてきます。」、「膝が良くなったので、また来ます。」など、嬉しい言葉を残して、皆さん帰って行かれました。聴かれた聖書のみことばが心に残り、いつの日か、イエス様の救いに与ることができるよう祈り、たましいのフォローアップを続けてまいりましょう。
 さて、しばらく前から、木曜午前に「聖書の学びと祈りの会」をしていますが、ここのところ、創世記の「ヨセフ物語」から学んでいます。父ヤコブの寵愛を受けたヨセフは兄たちの妬みを受け、奴隷に売られるという不幸に遭いますが、「主がヨセフとともにおられたので、彼は幸運な人となり、」(39-2)とあるように、やがてはエジプトの穀物相にまで高められ、結果的には、飢饉に難儀する父一族を救うことになります。
 兄弟たちに再会したヨセフは恨み事を並べるどころか、「神はいのちを救うために、あなたがたより先に、私を遣わしてくださったのです。」(45-5)と神の御計画の偉大さを証ししました。妬み、裏切り、悪意などがヨセフを貶めましたが、彼の精錬潔白な神への信頼は微動だにしませんでした。
 奴隷として売り飛ばされ、悪意によって監獄にまで落とされたのですから、ヨセフは当然、深い悲しみ、大きな落胆を経験したことでしょう。しかし、そのような状況の中にあっても、ヨセフの神への信頼は揺るぎませんでした。私たちも今、どのような状況に置かれていようと、神のすばらしい御計画を信じて歩んでまいりましょう。


無題 | 17:03:07 | トラックバック(0) | コメント(0)
母に感謝!神に感謝を!
麗しさはいつわり。美しさはむなしい。しかし、主を恐れる女はほめたたえられる。(箴言31章30節)

 今日は母の日感謝礼拝をお捧げします。その起源は1907年5月12日、アメリカのバプテスト教会で、アンナ・ジャービスさんが、戦傷者の救護の運動家であった母の遺徳を記念し、礼拝者たちに白いカーネーションを贈ったことに発すると言われています。今日では、母の日の祝日は世界中で祝われており、争い多き時代にあって、平和な心を取り戻す機会として、広く定着しています。
 「すべての良い贈り物、また、すべての完全な賜物は上から来る」(ヤコブ1-17)とあるように、私たちがこの世に誕生し、守り育てられてきたのは、神がそれぞれに母を備えてくださったからです。ですから、母への感謝は、神への礼拝の中で表されてこそふさわしいのです。
 イエス様は、「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」(ヨハネ3-3)と語られました。神は、この「霊の誕生」、「霊のいのちの成長」に関わる母を求めておられます。傍らで祈り、みことばを適切に教えることのできる「たましいの養育係」です。
 先日、300グラム以下で生まれた男の子が、退院の基準に成長し、家族のもとへ帰ったというニュースがありました。それほどの早産であっても、優れた医療技術と適切な養育が施されれば、健やかな成長が可能だということです。このことは「霊の誕生・成長」についても言えることです。
 この「母の日」は教会に、その働きを再確認させてくれます。パウロがテサロニケの教会の信徒に対して持っていた、「母がその子どもたちを養い育てるように、優しくふるまいました。」(Ⅰテサロニケ2-7)という姿勢に、その一面が明らかにされています。「神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられ(Ⅰテモテ2-4)るのですが、そのことが実現するには、良き「たましいの養育係」が必要です。この母の日を機に、教会がますます、その期待に応えてまいりましょう。


無題 | 18:36:17 | トラックバック(0) | コメント(0)
神の導きを待つ!
主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。(第二コリント12章9節)
 先礼拝の後、KBBC主催の九州合同キャンプに集わせていただき、第一集会において、甘木に遣わされての二十年を感謝して、青年の頃によく歌った「みんなで花園つくろう」を讃美させていただきました。皆さんも手拍子で加わってくださり、講師のA先生によると、「九州らしい」賛美だったそうです。翌朝早く次の集いへ向いましたので、短い交わりでしたが、諸教会の先生がた、兄姉と近況を分かち合ったり、祈り合ったりでき、励ましをいただきました。
 講師のA先生御夫妻は富山から電車を乗り継いで来られたそうですが、途中、強風のために新幹線が止まり、在来線を乗り継がれたそうです。膝を傷めた後でもあり、このような予期せぬ状況に、かなりイライラされたそうです。その経験を背景にして語られた「神の導きを待つ」というメッセージに教えられました。
 私たちはとかく、自分の思うように事が運ばないと、不満を募らせがちです。しかし、そのようなときにも、背後で神の最善の計画が着々と進んでいることに思いを向けるべきです。物事が順風満帆に進むこともいいですが、思わぬ展開に強いられて行くようなことがあっても、「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の救いは神から来る。」(詩篇62-01)と告白し、そのような状況の中でしか学び得ない「神のみこころ」を学び取らせていただきたいものです。
 盲信徒の集いでは「聖霊に導かれて」という主題で語らせていただきました。高齢で闘病中の兄姉も多く、聖霊の助けなしには歩み得ない方々です。残された世の旅路、ますます聖霊に満たされ、「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」(ガラテヤ5-22 23)の美徳を実らせつつ歩めますよう祈らせていただきました。
 私は風邪気味で出かけ、歌ったり、話したりしたため、声枯れを起こしています。託された御用を果たしてのことですから、「黙って、ただ神を待ち望む」と、祈りつつ主の癒しのときを待ちます。キリストの復活の力は、「弱さのうちに完全に現われる」ことを知っているのですから。


無題 | 21:51:54 | トラックバック(0) | コメント(0)