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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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あなたの帰りを待つお方が天におられる!
私は切なる思いで主を待ち望んだ。主は、私のほうに身を傾け、私の叫びをお聞きになり、私を滅びの穴から、泥沼から、引き上げてくださった。(詩篇40篇1、2節)
 先日、林田の仮設集会所にゴスペルフォークの神山みささん、ゴスペルロックバンドのサルーキが来てくださり、支援コンサートが開かれました。参加された11名の住民の皆さんは音楽と交流を大いに楽しまれ、にこやかに帰ってゆかれました。来月19日(水)にはクリスマスコンサートも予定しています。
 熊本地震、朝倉の水害の支援に入ってくださったTご夫妻は今、北海道の震災支援に加わっておられるとのことです。「主がお入用なのです。」(マタイ21-3)という呼びかけに応えての行動だったのでしょう。お二人の今後の働きのため、お祈りさせていただきましょう。
 さて、今週の暗唱聖句に、「この苦しみのときに、彼らが主に向かって叫ぶと」とあります。苦しみに直面しても、助けを信じて叫ぶことのできる人は幸いです。逆に、助けようと手を差し伸べておられる方に気づかず、滅んでしまう人がいることは残念なことです。私たちは「天にいます私たちの父よ。」(マタイ6-9)とお呼びすることのできる全能の神が、天から見守っていてくださることを知っています。日々、そのお方に助けを呼び求めましょう。
 福音書には、イエス様に呼び求めて苦悩の中から救われた多くの人たちの信仰の証しが書かれています。今の時代においても主は、「あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。」(マタイ18-19)と約束しておられます。イエス様は私たちの抱える問題の只中に来てくださり、「やみを光に、でこぼこの地を平らに」(イザヤ42-16)に変えてくださる救い主です。
 日本を代表する企業が戦後の賠償を要求されたり、トップが逮捕されたりという事態が相次いで報道されています。災害の多発、人手不足の中でのオリンピックの開催、日本を取り巻く状況に、多くの不安材料が表出しています。このような時代に、「まことの神、永遠のいのち」(Ⅰヨハネ5-20)である主イエス様を証しする教会として立たせていただきましょう。


無題 | 17:57:33 | トラックバック(0) | コメント(0)
「世を照らす光」となろう!
このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行ないを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。(マタイ伝5章16節)

 先主日にミュージックベルの初練習をし、皆さん楽しく「きよしこの夜」の調べを奏でました。それぞれが二つの音を担当しましたが、教会について書かれている、「あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。」(Ⅰコリント12-27)という御言葉を実感したのではないでしょうか。それぞれが担当の音をしっかり出さないと、音楽が止まってしまいます。逆に、それぞれが役割をしっかり果たせば、美しい音楽が湧き出てきます。老若問わず、振ればきれいな音が出ますから、全員で挑戦してみましょう。
 また先日、お世話になっているボランティアグループの朗読会があったので、聴かせていただきました。音楽をバックに、詩や物語を朗読されるのですが、それぞれに個性が滲み出ていて、味わいがありました。それを聴きながら、教会でも、聖書の朗読会をしてみてはどうかと思いました。有名な詩篇を読むのもいいでしょうし、旧訳の人物や出来事から選んで、流す音楽を選び、読むのです。文語で読んだり、英語で読んだりする人がいてもいいでしょう。
 詩篇は祝福された人を、「まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。」(1-2)と紹介しています。この聖書朗読の練習を通しても、私たちは「水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。」(1-3)と表現されているような、瑞々しい信仰へと進むことができるのではないでしょうか。
 かつて、その朗読グループの中心メンバーとして活躍されたのが故K姉でした。召天から三年が経ち、先日、御自宅で記念会が開かれました。イエス様は、「ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」(マタイ18-20)と語られましたが、「永遠のいのち」の希望の御言葉が語られ、再会を待望する聖歌が歌われました。これからも、御一家の上に主の見守りが豊かにありますよう、お祈りさせていただきましょう。
 今年のクリスマスのテーマは「心に訪れるクリスマス」とさせていただきました。朝倉の災害から一年が過ぎ、今年も各地に自然災害が起こりました。通りをイルミネーションで飾るのもいいですが、心にイエス様の「いのちの光」(ヨハネ8-12)を灯す人たちが起こされるよう願います。クリスマスは救いのときですから、周辺に案内も配布し、喜びの知らせを伝える天使の役を果たす教会とさせていただきましょう。


無題 | 20:18:01 | トラックバック(0) | コメント(0)
「光の子ども」とされた喜び!
あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。(エペソ書5章8節)
 あさくら音楽祭では、2名の新メンバーも加わって、ジョイフルクワイヤが三曲の賛美コーラスを歌いました。帰り際に全体合唱の指揮をされた先生が、「良く響いていましたよ。」と誉めてくれました。「わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。」(イザヤ55-11)とあるように、聴かれた皆さんの心に、何かの気づきが残ることを期待します。
 もう少し音楽による証しの幅を拡げようと思い、ミュージックベルを注文しました。考えるときは過ぎ、いざ挑戦!手元にあれば、いつかできるようになるものです。皆さんで一音一音に緊張しながら、美しいベルの賛美を奏でてみましょう。詩篇にも、「タンバリンを打ち鳴らせ。六弦の琴に合わせて、良い音の立琴をかき鳴らせ。」(81-2)とあるように、礼拝にふさわしい音楽の捧げ物は、主イエス様に栄光を帰す奉仕です。
 主は私たちに、「あなたがたは、世界の光です。」(マタイ5-14)と語っておられます。冒頭のみことばにあるように、「以前は暗やみ」の中をさまよっていた者でしたが、イエス様の十字架の救いにより、「いのちの光」(ヨハネ8-12)を宿す者とされました。私たちが発光体となったというのでなく、イエス様の御霊が私たちのうちにあって輝いていてくださるのです。
 次はクリスマスです。最善の準備をもって、救い主の御降誕をお祝いしましょう。既に美奈宜の杜、卑弥呼の湯での「クリスマスコンサート」、教会のクリスマスなどが予定されています。28日の礼拝からアドベントに入りますので、クリスマスのキャロルを歌い始めます。ベルによる「きよしこの夜」の賛美にも挑戦してみましょう。
 フェイスブックに「あさくら音楽祭」で賛美しているジョイフルクワイヤの写真をアップしたところ、たくさんの皆さんが共感してくれました。ホームページには録音した賛美をアップしましたので、聴いてくださった方も多いことでしょう。主がそれらを用いて、悩みの中にある人、救いを求めておられる方を教会へ導いてくださるよう祈りましょう。私たちがイエス様に用いていただけるとは、なんと光栄なことでしょうか。


無題 | 19:23:59 | トラックバック(0) | コメント(0)
弱ったたましいを生き返らせる「いのちのことば」
父がわたしにお与えになる者はみな、わたしのところに来ます。そしてわたしのところに来る者を、わたしは決して捨てません。(ヨハネ伝6章37節)
 今日は礼拝後、ジョイフルクワイヤが「あさくら音楽祭」に出演して、三曲の賛美コーラスをします。二人の姉妹たちは初参加ですから、緊張しているのではないでしょうか。既に十数年、この音楽祭に出演することにより、地域の皆さんに教会を知っていただき、賛美歌のすばらしさを証してくることができました。「多くの者は見、そして恐れ、主に信頼しよう。」(詩篇40-3)とあるように、聴かれる皆さんの心に何かの「気づき」が残ることを期待します。
 先週、私たちは「干からびた骨よ。主のことばを聞け。」(エゼキエル37-4)という預言について学びました。神の御言葉を聴くのは生きている人ですから、この語りかけを不思議に感じます。しかし、御歳をめされた人たちに「歌とトークのプレゼント」をするとき、反応の乏しい人が、ある質問に答えたり、ある歌になると歌いだしたりするのを見て、「見よ。わたしがおまえたちの中に息を吹き入れるので、おまえたちは生き返る。」(5)という御言葉の片鱗を感じることがあります。
 人に運ばれ、物乞いをするしかなかった男に向ってペテロが、「イエス・キリストの名によって、歩きなさい。」(使徒3-6)と命じられると、彼は立ち上がって、「歩いたり、はねたりしながら、神を賛美」(8)しました。これもまた「干からびた骨」に「いのちの息」が吹き込まれた実例です。
 私たちが愛唱する賛美の歌の中にも、イエス様の福音によって生かされたクリスチャンたちの感謝の証しが多く歌われています。また、私たち自身もかつては、「「干からびた骨」のような者たちでしたが、イエス様を信じ、たましいの生まれ変わりをいただきました。
 最近の調査によれば、小中学生の不登校が十三万人を越え、増え続けているとのことです。そうした引き籠り現象は全世代に見られる減少かもしれません。本人はもとより、ご家族の心労もいかばかりでしょう。こうした弱ったたましいが、イエス様の「永遠のいのちのことば」(ヨハネ6-68)を聴くことができたなら、どんなに幸いなことでしょうか。
 紛争によって生じた難民を寛容の精神で受け入れ続けたドイツのメルケル首相は支持を失い、差別や迫害を逃れてアメリカを目ざし行進を続けている人々が入国を拒否されています。安住の地を持たない人々が増えているのです。そんな時代にイエス様は、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイ11-28)と招いておられます。イエス・キリスト様の「永遠のいのち」の救いに目を向ける方々が起こされるよう祈り、証しを続けてまいりましょう。


無題 | 19:05:48 | トラックバック(0) | コメント(0)