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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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できる今、為すべき事をしましょう!
わたしたちは、わたしを遣わした方のわざを、昼の間に行なわなければなりません。だれも働くことのできない夜が来ます。(ヨハネ伝9章4節)

 先日、散歩の途中で声を掛けられ、「夏ミカンが成っているが、食べんかね?」と訊かれました。「喜んで」と応えると、さっそく袋いっぱい持たせてくれました。教会へ帰ってくると、別の方が野菜や煮物などを持ってきてくれました。地域の方で、礼拝に集われる方は少ないのですが、そうした形で、教会に好意を示してくださる方が増えていることを感謝します。
 初代の教会は目覚ましい成長を遂げたのですが、その推進力となった教会の特徴の一つが、「すべての民に好意を持たれた。」(使徒2-47)とあるように、社会への影響力を上げることができます。イエス様は、「あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行ないを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。」(マタイ5-16)と語られましたが、その教えをコツコツと続けてまいりましょう。
 6月には、牧師夫妻は千葉の親戚を訪ねてきます。パウロが宣教において、「たずねて行って、どうしているか見て来ようではありませんか。」(使徒15-36)と聖霊に導かれて働きを進めたことを思い、証しと祈りの度に出かけてきます。祈りの中で、聖霊は「言いようもない深いうめきによって、」(ローマ8-26)とあるように、私たちに、何を為すべきかを示し、行動へと促してくださるのです。
 イエス様は弟子たちに、「だれも働くことのできない夜が来ます。」と語られましたが、それは事実です。イエス様の証しはいつでもできると先送りしてはなりません。今しなければ、機会を失うのです。「確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。」(Ⅱコリント6-2)とあるように、「今」の機会を生かして用いましょう。
 私たちは何を信じていますか?私たちが神に選ばれ、愛されている「神の子ども」(ローマ8-14)であることを信じています。そして、神がその愛する子どもたちのためには、「すべてのことを働かせて益としてくださる」(8-28)ことをも信じています。この信仰に堅く立って、神の祝福を数えつつ、感謝に溢れた歩みを続けてまいりましょう。


無題 | 16:01:27 | トラックバック(0) | コメント(0)
真の神を紹介できる「信仰の母」になりましょう!
私はあなたの純粋な信仰を思い起こしています。そのような信仰は、最初あなたの祖母ロイスと、あなたの母ユニケのうちに宿ったものですが、それがあなたのうちにも宿っていることを、私は確信しています。(第二テモテ1章5節)
 母の日、おめでとうございます。直接感謝を表せる方、既に世を去られていて、心で感謝を表される方、また、お子様がたからの感謝を受けられる方、さまざまな「母の日」があろうと思います。いずれにせよ、この世に生み出してくれた母親なしに、私たちの人生はないわけですから、すべての人にとって、この日は、共通の「感謝の日」であるにちがいありません。
 私なども、先日、ある高齢者施設で、母の日を話題に、「おふくろさん」を歌いましたが、「おまえもいつかは世の中に愛を灯せと教えてくれた」という歌詞があり、精いっぱいの愛情を注いでくれた母を思い起こし、神と人に役立つ生き方をしなければと思わされたところです。そして、すべてのクリスチャン女性は「霊の母」になることができます。御自身のお子様がたはもちろんのこと、関わりのある全ての人に、救い主イエス様を紹介することにより、その人を「神の子ども」(ヨハネ1-12)へと導くことができるのです。
 パウロがヨーロッパへの宣教に導かれ、最初の信仰の実となったのはルデヤという女性でした。彼女はバプテスマを受け、「私を主に忠実な者とお思いでしたら、どうか、私の家に来て」(使徒16-15)と家庭を礼拝の場として提供しました。やがて、その集会はピリピ教会へと発展しました。
 また、エペソ教会の青年牧師となったテモテには、祖母ロイス、母ユニケという信仰の教師がいました。彼女たちは表立たず、過程で聖書を教えた人たちでしたが、結果的には、イエス様の福音を、大きく前進させる核となったのです。
 聖書は、いつの時代でも最高の教科書です。「若者をその行く道にふさわしく教育せよ。そうすれば、年老いても、それから離れない。」(箴言22-6)とあるように、子どもたちに「神の御言葉」を教えていく責任が、教会に委ねられています。今の時代にも、「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。」(詩篇119-105と告白し、聖書を語り継ぐことのできる「信仰の母」が、私たちの教会にも育っていくよう祈り続けてまいりましょう。


無題 | 16:57:52 | トラックバック(0) | コメント(0)
平和の実現のため祈りましょう!
キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、ご自分の肉において、敵意を廃棄された方です。(エペソ2章14、15節)
 入院中のI姉に一時帰宅が許されたということで、家庭礼拝を開かせていただきました。30数年前に、ご夫妻宅で始まった家庭集会が、甘木の伝道所開設に繋がったことを思うと、感慨深いときでした。姉自ら、お子様がた家族の守りをも祈られました。教会に集う機会も与えられれば感謝です。
 さて、世界を震撼させ続けてきた北朝鮮の核実験、ミサイルの発射でしたが、オリンピックでの南北合同チームの結成をきっかけに、一気に融和ムードが高まっています。「日の海になる」とか、「海に沈める」などの脅迫が飛び交い、全能の神の御介入を祈らされましたが、「主は、私のほうに身を傾け、私の叫びをお聞きになり、」(詩篇40-1)とあるように、神は確かに私たちの祈りに応え、諸国のリーダーたちの心を動かし、「平和の道」(ルカ1-79)へと導いていてくださいます。
 北朝鮮には二千数百万の人々が生活しておられるとのことですが、その人たちは聖書を読むことも、福音を聞くことも許されていません。神の救いの恵みの外に置かれているのです。一方、韓国には多くのキリスト教会があり、宣教師をも送り出していますから、北への福音宣教の可能性も出てきました。「やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が照った。」(イザヤ9-2)というクリスマスの預言が、北朝鮮の人々の上にも実現されていくよう祈りましょう。
 聖書は人間について、「人の心は何よりも陰険で、それは直らない。」(エレミア17-9)と記していますが、「主は地の果てまでも戦いをやめさせ、」(詩篇46-9)と平和への導きをも約束しておられます。パレスチナ、アフガニスタン、シリアなど、悲惨な紛争の続く地域のためにも、神のあわれみにより、「キリストの平和」(コロサイ3-15)がもたらされるよう、祈り続けましょう。
 そして、私たちが実際に働き得るのは身近なところです。先日は初めて、身体障害者協会の総会に出席し、隣に来られた方に、教会案内を差し上げることができました。主が導いてくださる場で、それぞれが聖霊の実をもって、人々にお仕えしてまいりましょう。


無題 | 09:28:57 | トラックバック(0) | コメント(0)