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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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キリストの受難によって私たちは救われた!

そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。(第一ペテロ2章24節)
 先日、朝倉市身体障害者協会の主催による復興イベントがあり、私たちも「歌のプレゼント」で参加させていただきました。地元の、しかも障害者団体が立ち上げた意義ある集いで、音楽による応援ができたことを感謝します。これからも、賜物を用いて、主を証しし、「地の塩」(マタイ5-13(としての奉仕を続け天まいりましょう。
 今日、私たちは二千年前、イエス様が捕えられ、不当な裁判を受け、十字架刑に処せられていった受難週を前に、「棕櫚の日曜日」の礼拝を捧げます。主はその受難を前に「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。」(マタイ26-39)と祈られました。
 人類の罪をその身に負うことは、どれほどの受難だったことでしょう。しかし、主は事実、私たちの罪のために十字架を負われ、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」(ルカ23-34)と私たちの罪の赦しを祈ってくださいました。
 朝倉の復興イベントで私たちが「いつくしみ深き友なるイエスは」を讃美したことは、被災の地にイエス様の十字架を立てることです。神のあわれみと助けなしに、真の復興はないからです。私たちはこの被災の地で、十字架のイエス様の心をもって、「とりなしの祈り」を続けるよう立てられています。
 この受難週、私たちは福音書に記されている、主の十字架への場面を読ませていただきましょう。私たちが罪から救われ、神を賛美する幸いな者へと変えられるために、イエス様はどれほどの苦しみを受け、大きな愛を示してくださったことでしょうか。私たちもますます、主を愛する者へと造り変えていただきましょう。


無題 | 16:13:43 | トラックバック(0) | コメント(0)
確かな希望に目を留めて
今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。(ローマ8章18節)

 先週はイースターを前に、故K姉の記念会を兼ねた礼拝をお捧げし、御主人様と友人のK様が集ってくださいました。イエス様は、「わたしの父のみこころは、子を見て信じる者がみな永遠のいのちを持つことです。」(ヨハネ6-40)と語られました。、そのことを覚え、これからも、多くの人たちがイエス様の救いについて聴く機会を計画しましょう。
 その後、熊本で行われた視覚障害者伝道の集いに参加させていただきました。即席で結成された聖歌隊の「いつくしみ深き」も、男性隊員が多かったこともあり、深みのある賛美になりました。普段、関わりをいただいている視覚障害の皆さんに、「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」(ヨハネ8-12)と語られた、イエス様を証しさせていただきましょう。
 当日はまた、東日本大震災、原発事故からの7年目でもあり、被災地の復興のために祈る日でもありました。幸せな生活を送っていた多くの人たちが、あの日を境に今なお、苦難の中を歩んでいます。そのような人たちに、私たちは、「たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。」(詩篇23-4)という御言葉を示し、共に神の助けを祈ることができます。
 イエス様を信じ、永遠のいのちに移された私たちもまた、苦難を経験することがあります。しかし、私たちの目は、「信仰の創始者であり、完成者であるイエス」(ヘブル12-2)様へ向けられていますから、復活の希望、「将来私たちに啓示されようとしている栄光」を見て、神を誉め讃えることができます。
 イースターには、故K兄の納骨式があり、親族や知人の皆さんも集われる予定です。この良き機会に、私たちが持っている希望をお伝えさせていただきましょう。


無題 | 09:27:18 | トラックバック(0) | コメント(0)
あなたの心に住んでくださる神様!
もし私たちが御霊によって生きるのなら、御霊に導かれて、進もうではありませんか。(ガラテヤ書5章25節)
 朝倉市のM市長が体調を崩して入院されたそうです。昨年の豪雨災害からの復興の先頭に立たれ、お疲れが出たのでしょう。休息を取られ、早くお元気になられるよう、お祈り申し上げます。
 聖書は、「若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。」(イザヤ40-30)と人の能力に限りがあることを教えています。しかし、その直後に、「主を待ち望む者は新しく力を得、」(31)と復元力と希望をも約束しています。オリンピック直前にけがをした羽生選手がカムバックして、圧巻の演技を見せてくれたようなものです。
 では、私たちキリスト者には、どのような助けが与えられるのでしょうか。イエス様を信じる者のうちには聖霊なる神が住んでくださり、「あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださる」(ローマ8-11)と約束されています。こう聞くと、何か怪しい魔力ではないかと恐れる人があるかもしれません。
 そのような人のためにパウロは、聖霊はイエス様を信じる人の心に住んで、「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」(ガラテヤ5-22 23)という美徳を実らせてくださる、神の第三位格であると教えてくれています。こんなすばらしい九つの美徳が実るなんて、驚くべき恵みではないでしょうか。
 世界にはシリアやアフガニスタンなどのように戦乱が続き、人の命が虫けらのように扱われている地域があります。平和と見なされている日本にさえ、おぞましい事件が次々に報じられています。罪からの救い主イエス様を信じ、聖霊の実を実らせる幸いな人たちが起こされるよう、イエス様の福音を証してまいりましょう。


無題 | 16:52:03 | トラックバック(0) | コメント(0)