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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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祝福されたクリスチャンの生き方とは?
神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。(ローマ書8章14節)
 先週の土曜日、大野城市で中途失明者の音楽会があり、私たちは三名で賛美歌コーラスをしました。50名くらいの参加者がありましたが、最後にアンコールもあり、皆さんをリードして、楽しく歌う機会も与えられました。御苦労しておられる方々に、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイ11-28)と招いておられる、イエス様を紹介していく責任を感じました。
 ダビデは詩篇において、「あなたが私の内臓を造り、母の胎のうちで私を組み立てられた」(139-13)と、人の生命が神の創造によるものであることを告げています。そして、神は私たちに向って、「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43-4)と告げておられます。どうして、この「万物の創造者」を認めずに、幸せに生きることができるでしょうか。
 イエス様は十字架の御苦しみを通して、「天にいます私たちの父よ。」(マタイ6-9)と偉大なる創造者に向って、親しく呼び掛ける道を開いてくださいました。パウロはこの救いについて、「聖霊をもって証印を押されました。」(エペソ1-13)とも表現しています。イエス様を信じる私たちの内には、イエス様の御霊(聖霊)が住んで、私たちを教え、導き、助けていてくださるのです。
 イエス様は御自身の御霊(聖霊)について、「世はその方を見もせず、知りもしないからです。」(ヨハネ14-17)と語られました。しかし、イエス様を主と仰ぐ私たちは、聖霊が聖書の御言葉を通し、私たちを教え、戒め、導いておられることを知っています。
 今の時代、ほとんどの人たちが携帯、スマホを便利に使っています。でも、私はめったに使いません。それでも、あまり不自由を感じません。しかし、神に祈り、聖霊の導きをいただくことは、一時も欠かせません。礼拝、祈祷会を通し、聖霊に導かれる幸いな歩みを身につけてまいりましょう。


無題 | 16:05:10 | トラックバック(0) | コメント(0)
「永遠のいのち」を保障する保険契約
まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。(ヨハネ伝5章24節)
 先週の小郡音楽祭でのジョイフルクワイヤの賛美コーラスには、一曲ごとに拍手があり、励まされて、心から主の栄光と愛を褒め讃えました。聴かれた方々の心を、救い主が導いてくださるよう祈りましょう。
 卑弥呼の湯の「歌プレゼント」もバレンタインデイであったこともあり、特に思いを込めて奉仕させていただきました。後で知ったのですが、聴かれたお一人の方の姪御さんが牧師夫人になっておられるとのことで、「いつくしみ深き」を一緒に歌っておられたそうです。不思議な出会いが備えられていたことを感謝します。
 先週、私たちは、「キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放した」(ローマ8-2)という御言葉を開きました。これを保険の契約を使って説明すれば、罪と死の保険契約をキャンセルして、「永遠のいのちの契約」に変更したということです。誰が「永遠の滅び」の保険に入る人があるでしょうか。当然、「永遠のいのちの保険」を選ぶはずです。
 昨年の豪雨災害、今回の雪害、オリンピックを機に、少し融和ムードの見えてきた朝鮮情勢とは言え、核やミサイルの脅威、このような不安な時代に、神は「キリスト・イエスにある永遠のいのちの契約」を提示していてくださいます。
 今行われているオリンピックでメダルを受けることができる人は、ほんのわずかな、ずば抜けた才能と努力の人だけです。ところが、この「永遠のいのち」の契約に与る人は、救い主イエス・キリスト様を「信じるすべての人」(ローマ1-16)です。それは神の恵みであり、贈り物なのです。
 このすばらしい「永遠のいのちの保険契約」について聞いたことがない、あるいは理解できていない多くの人たちがおられます。私たちがわかりやすく説明してあげましょう。1人でも多くの方が罪の赦しを受け、深いたましいの安らぎをいただけますよう、救い主イエス様を証してまいりましょう。


無題 | 17:16:12 | トラックバック(0) | コメント(0)
困難の中にも確かな希望がある!
全地よ。神に向かって喜び叫べ。御名の栄光をほめ歌い、神への賛美を栄光に輝かせよ。(詩篇66篇1、2節)
 豪雨災害から七カ月、今度は北陸の皆さんが豪雪と苦闘しておられます。線状降水帯が朝倉に止まり続け、災害となったあのときを想い起こし、雪雲が早く北陸から遠ざかるよう祈っています。また、この寒さは弱さを抱えた人たちには堪えます。I姉に続いて、T兄も体調を崩され、入院されました。早く良くなられるよう祈りましょう。
 そんな中、今日はジョイフルクワイヤが小郡音楽祭に出演して、賛美歌3曲を合唱します。そのピアノ伴奏のため、Y兄姉が御奉仕に来てくださっていることを感謝します。音楽を愛する多くの人たちが集われるコンサートにおいて、イエス様の救いを証する賛美の歌が響くことは新鮮な感動にちがいありません。
 私は最近、俳句に関心をもつようになっています。この短詩の特徴の一つが「季語」です。今は冬ですが、寒さを表すにも、さまざまな表現方があります。でも、私がそれらの季節の表現を楽しめるのは太陽、地球、人、動物、植物、すべてをお造りになり、保っておられる創造者を知っているからです。パウロが、「造り主こそ、とこしえにほめたたえられる方です。」(ローマ1-25)と語っているとおりです。
 たとえば、「寒風に顔向け妻とジョッギング」という俳句、それは私たち夫婦がイエス様の救いに与り、健康に恵まれ、前向きな生き方をさせていただいているからこその句です。心に聖霊が住んでいてくださらなければ、このような言葉が出てくるような生き方をしてはいないはずです。
 私たちはイエス様の御名前を通して、「アバ、父」(天のお父様、ローマ8-15)と神様に親しく呼び掛ける、「神の子ども」とされています。これ以上に誇らしい立場があるでしょうか。感謝をもって、神を讃美し、祈りの務めを果たしてまいりましょう。


無題 | 18:31:13 | トラックバック(0) | コメント(0)
葬儀を通して「いのち」が証されました!
「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」(使徒の働き16章31節)
 施設に入所しておられたK兄が1月28日夜間に、主のみもとへ召され、29日に前夜式、30日に葬儀を執り行わせていただきました。思い返せば、G姉に導かれ、来会された兄は、2016年1月17日の礼拝後、主イエス様を救い主と告白し、御救いに与りました。その場面を詠った短歌、「八十歳にて救われし兄はっきりと牧師の後に付きて祈れり」は「百万人の福音」でも紹介されました。
 翌年の元旦礼拝後には奥様のF姉も救われ、御夫婦そろって「神の子ども」(Ⅰヨハネ3-1)とされる恵みにも与りました。しかし、病の進行止まず、御家族の手厚い介護を受けながら、イエス様の備えてくださった「天にある永遠の家」(Ⅱコリント5-1)へと召されて逝きました。
 兄の信仰生活は2年だけでしたが、パウロが、「私にとっては、生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。」(ピリピ1-21)と語ったように、その葬儀において、集われた多くの方々に、キリスト信仰の希望を証されました。遺されたF姉をはじめ、深い悲しみの中にある御遺族に、主の慰めを祈りましょう。
 イエス様は、「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」(ヨハネ11-25)と語られました。そして、ご自身が死を打ち破って復活されることにより、死への勝利を確かなものとしてくださいました。ここに私たちキリスト者の希望があるのです。
 「生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。」(伝道3-2)とあるように、誰もが地上での人生を終えるときがきます。逆に言うと、生かされている私たちには、この地上での任務があります。主がみもとへ召してくださるそのときまで、しっかりとキリストの証人として、主イエス様の救いの道を証してまいりましょう。



無題 | 16:07:41 | トラックバック(0) | コメント(0)