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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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31年の守りを感謝して!
悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。(使徒2章32節)
 教会は今日、創立31周年を感謝する礼拝をお捧げします。これまで導いてくださった主と、支えてくださった諸教会に感謝します。また、この記念のときに、主は救われる魂を起こしてくださいました。K様が来会され、イエス様への信仰を告白し、救いをいただきました。これからの信仰生活と、甘木での新しいお仕事の上に、神様の見守りを祈りましょう。
 31年前、主はボード宣教師、堺伝道し、I兄姉、I姉を中心に、この地に福音宣教の集いを開始され、進展の時期、衰退の時期を経ながらも、「いたんだ葦を折ることもなく、くすぶる燈心を消すこともない、」(マタイ12-20)という約束のとおり、教会を支え続けてくださいました。18年前に吉澤牧師が着任し、会堂も新たにされ、今度はいよいよ、独立を目ざそうというところです。
 そこで、今日は記念の「主の晩餐式」をします。明日から入院されるO姉も与ることにより強められて、手術が成功に導かれるよう祈ります。また4月より、忠実に礼拝に集っておられるD姉も与ります。イエス様の十字架の救いを表す晩餐に与ることにより、罪の赦しを感謝し、教会に託された福音宣教の働きに励んでまいりましょう。
 拠り所を持たず、不安を抱えながら生きている多くの人たちがいます。その人たちに向って、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。」(マタイ11-28)と招くイエス様のメッセージをお伝えするのは教会です。そして、イエス様を信じた人たちに「罪の赦し」を宣言するのも教会です。
 二千年前、主イエス様の福音宣教を開始した初代教会は冒頭に掲げたメッセージを語りました。私たちも原点に返って、「たましいの救い」を与える主の福音をお伝えしてまいりましょう。


無題 | 15:19:15 | トラックバック(0) | コメント(0)
神の導きを祈りましょう!
すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。(第一テモテ2章1節)
 先週、私たちはボランティアの皆さんと豪雨災害の地を訪ねさせていただきました。地区のリーダーの方の説明によると、七月五日の1,000ミリにも及ぶ降水のために土砂崩れが相次ぎ、木々が川に流れ込み、周辺の家屋を流し、下流の町をも襲ったとのことです。神様が、「見よ。わたしは、全地の上にあって、種を持つすべての草と、種を持って実を結ぶすべての木をあなたがたに与えた。」(創世1-29)と語られましたが、自然の恩恵を良い状態に管理し、すべての生き物の生存に役立てていく責任が人間に委ねられています。
 これから復興計画が立案されていくでしょうが神は、「わざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与える。」(エレミア29-11)と約束しておられます。また、イエス様は、「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。」(マタイ6-33)と教えておられます。特に、被災地の皆さんが祝福に繋がる計画を選択できますよう祈りましょう。
 そうした苦難と闘っている村落に立って思ったのは、「その中にいる五十人の正しい者のために、その町をお赦しにはならないのですか。」(創世18-24)と、ソドムの人々の救いのために祈ったアブラハムのことでした。そのとき、主は、「「滅ぼすまい。その十人のために。」(32)と応えられ、アブラハムの「とりなしの祈り」を高く評価されました。
 今日は衆議院の総選挙ですが、日本を取り巻く政治情勢のためにも、とりなしの祈りを捧げなければなりません。北朝鮮が核実験やミサイル発射を繰り返し、これを阻止しようとする諸国との間に軍事衝突が起こりかねない状況です。その惨劇は自然災害の比ではないでしょう。このような罪の増し加わる時代にあって、「平和をつくる者」(マタイ5-9)に、とりなしの祈りが求められています。
 私たちの教会は来週、創立31周年を迎えようとしています。「くすぶる燈心を消すこともない」(マタイ12-20)とあるように、主イエス様は教会を育んできてくださいました。皆で主の恵みを数え上げ、新たな福音宣教へ向う日とさせていただきましょう。


無題 | 16:33:58 | トラックバック(0) | コメント(0)
人を罪から救うもの!
だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。(第二コリント5章17節)
 七月の水害から三カ月、二度目の「がんばれ朝倉!歌のプレゼントをさせていただきました。被災の方々、ボランティア活動にたずさわられた「九州キリスト災害支援センター」の皆さんも集ってくださり、被災地の復興を祈るひとときとなりました。終了後には、九キ災の皆さんと、杷木でのコンサート」の可能性についても語り合いました。災いを祝福に変えてくださる神様の御計画に期待しましょう。
 さて、先週私たちは、「神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。」(創世1-27)という箇所を講読しました。人文科学において、人のルーツの探求は主要なテーマですが、ここに、聖書がきっぱりと、「人とは何者であるか」を教えてくれています。人は神によって、「神のきよさと正しさとを持つ者として造られました。しかも、「海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」(28)とあるように、この世界の管理者として立てられたのです。
 そのように、人間は高邁な使命を託されて創造されたにもかかわらず、どうして今日私たちは、これほど、犯罪や紛争のニュースを見聞きするのでしょうか。それは、「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、」(ローマ3-23)とあるように、生まれながら、人の中には、悪の種「罪」が入ってしまっているからです。
 パウロも、そんな人間の醜さに打ちのめされた人でしたが、「私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。」(ローマ7-25)と神を誉め讃えることができました。それは、イエス様を救い主として信じる者が、「罪に定められることは決してありません。」(8-1)と言うことのできる「たましいの救い」をいただいたからです。
 私自身も、自分の中にうごめいていた罪の性質を思うと、怖くなります。でも、イエス様を救い主として心にお迎えしたとき、私の中には「愛、喜び、平安」(ガラテヤ5-22)といった聖霊の実が生るようになりました。これはまさに、「魂の生まれ変わり」です。そして、イエス様を信じる全ての人に、神と共に生きる「永遠のいのち」(ヨハネ3-16)が約束されています。


無題 | 20:57:11 | トラックバック(0) | コメント(0)
真実の神がおられるから、私たちには希望がある!
神は真実であり、その方のお召しによって、あなたがたは神の御子、私たちの主イエス・キリストとの交わりに入れられました。(第一コリント1章9節)
 先日、G姉と共に、別府の施設に入所しておられるK兄姉をお訪ねすることができました。せっかくの機会ですから、入所の皆さんに「歌のプレゼント」もと思い立ち、施設に申し出てみたところ、敬老会を催してくれました。楽しい会でご夫妻の心も開かれ、その後の面会では、御夫妻が農機具の販売、修理をしていた頃のことなどを、嬉しそうに話してくれました。
 また、共に賛美歌を歌い、「わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。」(ヨハネ14-3)というイエス様の約束の御言葉を聴き、祈りにも「アーメン!」と応答されました。F姉も感涙を流しながら、頷いておられました。またお尋ねするのが楽しみです。
 さて、先週、私たちは聖書に表されている「神の真実」について学びました。それはまた「忠誠」とも訳されます。神は約束されたことについて「忠実である」ということです。政治のリーダーたちが互いを侮辱し合い、「戦線布告」などという言葉まで飛び交う時代に、私たちが依り頼むことができるのは、この「神の真実」です。
 「たとい山々が移り、丘が動いても、わたしの変わらぬ愛はあなたから移らず、わたしの平和の契約は動かない。」(イザヤ54-10)という「神の変わらぬ愛」、「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。」(ヨハネ3-16)という「罪びとを救おうとする神の愛」をはじめ、聖書全体に、「神の真実」は表されています。
 イエス様は、「わたしを遣わした方は真実です。」(ヨハネ7-28)と「神の真実」を証されました。詩篇の作者も「私は、主の恵みを、とこしえに歌います。あなたの真実を代々限りなく私の口で知らせます。」(89-1)と告白しました。私たちもまた、この「神の真実」の故に、平安と希望に生きることができるのです。
 今回の災害復興にたずさわっておられる方に出会ったとき、「自然に抗っては、人は生きられません。」と行っておられました。聖書は、「主を恐れることは知識の初めである。」(箴言1-7)と、謙遜に神を礼拝すべきことを教えています。「神の真実」に目を留めて、主イエス様の救いを証してまいりましょう。


無題 | 15:37:42 | トラックバック(0) | コメント(0)
「平和をつくる者」として働きましょう!
神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。(第一テモテ2章4節)

 先日、グループホームに入所しておられるM姉を訪問させていただきました。久しぶりであったにもかかわらず、私たちを覚えていてくださり、大変喜んでいただきました。一緒に季節の歌や童謡を歌いましたがよく覚えておられ、私たちが教えてもらうほどでした。「天国へ行けますかねえ?」とか、「地獄は怖い!」とか言っておられましたが、「あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。」(ヨハネ14-2 3)というイエス様の約束をお伝えしたら、頷いておられました。また、時々お尋ねしたいと思います。
 さて、先ごろ、国連総会が開かれましたが、最重要課題は北朝鮮の核兵器問題でした。結局、譲歩を引き出せるどころか、「宣戦布告」という言葉が出る事態になっています。広島や長崎の原爆投下や、福島の原発事故を経験した日本の周辺で、壊滅的な結果を招きかねないような紛争の脅威が高まっています。今こそ、「平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです。」(マタイ5-9)というイエス様の教えを思い、この地域の平和が保たれるよう祈りましょう。
 先週、私たちは創世記1章の天地創造の第四日目、「神が太陽と月、星を造られた場面を講読しました。今、私たちは夏から秋への季節の移り変わりを楽しんでいますが、それは太陽と月の運行の関係から生じる現象です。紅葉や果実の実りを愛でながら、すばらしい自然環境を備え、私たちを養っていてくださる神を讃えずにはおられません。
 詩篇の作者は、「私は生きているかぎり、主をほめたたえよう。いのちのあるかぎり、私の神に、ほめ歌を歌おう。」(146-2)と告白しました。;。この人の心は神の恵みで溢れていたので、こう叫ばずにはいられなかったのです。これは全ての人が持つべき感動なのですが、実態はどうでしょうか。
 イエス様は私たちに、「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。」(ヨハネ15-12)と語られました。世界の指導者たちが侮辱の言葉を投げ合ったり、互いに恫喝し合ったりしていることは憂うべき事態です。こうした時代にあって、イエス様の愛の精神を実践しつつ、「救いの道」を証させていただきましょう。


無題 | 20:48:00 | トラックバック(0) | コメント(0)