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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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罪の心を一新する愛!
罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。(ローマ6章23節)

 いつも元気で、多方面で活躍のI兄が肺炎を発症して入院されたということで、皆で回復のため祈っています。お食事も摂れますし、熱も下がってきていますが、肺炎は養生を要する病気ですから、根治するまで祈り続けましょう。
 さて、今、国会で審議されている法案に、「共謀罪(テロ等準備罪)法」があります。世界各地でテロが頻発している中、それを未然に防ぐために、計画、準備の段階で取り締まろうとする法律のようです。しかし、まだ実行されていない犯罪を取り締まろうとすれば、それがいかに難しいことであるかは、誰もが想像できることではないでしょうか。
 聖書は人間について、「善を行なう人はいない。ひとりもいない。」(ローマ3-12)、「人の心は何よりも陰険で、それは直らない。」(エレミヤ17-9)と告げています。それが人間の実態であるとすれば、誰もが犯罪の芽を内包しているわけです。
 しかし、このように、いつ暴走するかもしれない罪の性質を持つ私たちに、聖書は「今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。」(ローマ8-1)と告げています。主イエス様は十字架の上で、「「完了した。」」(ヨハネ19-30)と、「救いの道」が完成したことを宣言してくださったのです。
 毎日聞こえ来る犯罪、テロ、紛争のニュースには心が痛むばかりですが、聖書は、「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」(ヘブル12-2)と教えています。いつもイエス様の十字架と復活の福音に信頼し、人々の魂の救いのために、祈りと証しの働きを続けてまいりましょう。


無題 | 16:23:15 | トラックバック(0) | コメント(0)
助けを求める声に気づきましょう!
愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。(第一ヨハネ4章11節)

 母の日には、フィリピンからの研修生5名が集ってくださり、楽譜もなしに、何曲も讃美の歌を聞かせてくれたり、教会の母たちにお花のプレゼンターをしてくれたりしました。技術研修も日本語も、「どちらも難しい」と行っておられましたが、イエス様は、「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」(マタイ6-33)と約束しておられます。家族を離れた日本においても、姉妹たちが主への礼拝を尊ぶ生活を続け、研修の目標を達成していかれますよう、祈りの応援をさせていただきましょう。
 イエス様はペテロに、、「あなたはわたしを愛しますか。」(ヨハネ21-16と問われた後、「わたしの羊を牧しなさい。」と命じられました。今、主は私たちにも同じ質問を投げかけておられるような気がします。もし、私たちがペテロのように、「主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」と応えることができるならば、主は私たちの心にかかっている人たちのために祈り、彼らの魂の養いを求めておられると気づくべきです。
 私も今、息子と同い年の浪人生の少年のことが気にかかり、毎朝メールを送っています。人生、順調に進んで行ける子もいますが、失敗したり、挫折したりする子もいます。私自身、後者の側の子でしたから、彼らの気持がわかります。しばらくかれからの反応はありませんでしたが、先ほど、次の受験に向って歩み始めているというメールが入りました。彼が光の方へ向かって進み行けるよう、これからも支え続けていきたいと思います。
 今、内戦の続くイエメンではコレラが蔓延し、現地の医療期間では制御できない状況にあるそうです。これもまた、「罪から来る報酬は死です。」(ローマ6-23)という神の警告のとおりです。国際的な援助がなされなければなりませんが、イエス様が語られた、「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」(マタイ4-17)という御言葉が傾聴され、早く争いが終結されるよう祈ります。
 私たちの身近にも遠く離れた地にも、イエス様の教会の果たすべき役割は多くあります。委ねられた「世の光」、「地の塩」としての教会の働きを続けてまいりましょう。


無題 | 18:10:02 | トラックバック(0) | コメント(0)
「母の日」に学びましょう!
夫たちよ。妻が女性であって、自分よりも弱い器だということをわきまえて妻とともに生活し、いのちの恵みをともに受け継ぐ者として尊敬しなさい。(第一ペテロ3章7節)
 今朝、私たちは「母の日感謝の集い」を開きますが、それは、この祝日がアメリカのバプテスト教会から始まったことに由来しています。アンナ。ジャービスさんのお母さんはバプテスト教会の教師であり、地域のボランティア団体のリーダーとして活躍されたクリスチャンでした。その召天後、娘のアンナさんが母の奉仕を記念して、教会の皆さんにカーネーションをプレゼントしました。この美談はアメリカ議会を動かすこととなり、1914年に五月の第二日曜日が「母の日」として制定されたのです。
 今では「母の日」は世界中で祝われていますが、その起源はモーセの十戒の大五戒あなたの父と母を敬え。」(出20-12)に辿ることができます。また、箴言には、「あなたの父と母を喜ばせ、あなたを産んだ母を楽しませよ。」(23-25)という戒めも記されています。
 また、良妻賢母の鏡のような女性が箴言31章10節以下には描かれています。その特徴は「主を恐れる」(31-30)女性であり、そのような人は、「口を開いて知恵深く語り、その舌には恵みのおしえがある。」(26とあります。
 「神を畏れる」も「夫に従う」も、いずれも創造の秩序を重んじるということです。神は、「われわれのかたちに、人を造ろう。」(創世1-26)と「人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた」(創世2-7)お方ですから、人は当然、神を敬い、礼拝をお捧げするのです。
 また、「夫に従う」というのは夫を神とすることではありません。夫も妻も、共に主イエス様を仰いで立つことです。神の御言葉(聖書)から、正しい「男女共同参画社会について学び、祝福された家庭、教会、社会を築き上げてまいりましょう。


無題 | 18:56:09 | トラックバック(0) | コメント(0)
「喜び」は、どこから来ますか?
わたしのために、ののしられたり、迫害されたり、また、ありもしないことで悪口雑言を言われたりするとき、あなたがたは幸いです。喜びなさい。喜びおどりなさい。天においてあなたがたの報いは大きいのだから。(マタイ伝5章11、12節)

 十年も空き地になっていた隣接地が分譲地になるということで、業者の方が来られました。説明によると、教会の隣は住宅内を通る市道になるそうです。そうなると、日当たりも良いでしょうし、讃美の音量を心配する必要もなさそうです。13年前、立ち退きを迫られたときには愕然としましたが、「神がすべてのことを働かせて益として」(ローマ8-28)いてくださいます。
 また、最近、高齢者施設をお訪ねして「歌とトークのプレゼント」をしたとき、おもしろい発見をしました。それは、「喜びは心に」(I have a joy(を歌ったときです。高齢の皆さんがJoy(喜び)という英単語を、楽しそうに発音されるのです。「皆さんは「喜び」は好きですか?」と訊くと、皆さん手を上げられますし、「悲しみは好きですか?」と尋ねると、誰も手を上げません。「喜び」(joy)という言葉には、人を幸せな気持ちにする力があることに気づきました。
 パウロは迫害の中にあったピリピの教会に、「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。」と書き送りました。また、この手紙を書いたパウロ自身、投獄の身にありながらも、この「喜び」という言葉を多用したのです。それは、喜べないような状況に置かれたときこそキリストの救いに目を留め、喜ぶよう励ましたのです。
 イエス様は、「義のために迫害されている者は幸いです。」(マタイ5-10)と語り、キリスト者が、その信仰に基づいた生き方をして攻められるようなことがあった場合、「喜びなさい。喜びおどりなさい。」(12)と励ましておられます。「喜び」はイエス様を信じ、真の神を礼拝する者に与えられる聖霊の第二の実(ガラテヤ5-22)です。
 キリスト者であっても病を負うこともあるし、貧しさを経験することもあります。しかし、イエス様への信仰を告白する者に主は、「あなたの罪は赦された。」(マタイ9-2)と宣言していてくださるのです。この特権の故に、喜んで神を誉め讃える生き方を続けてまいりましょう。


無題 | 17:45:12 | トラックバック(0) | コメント(0)