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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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平和をつくり出すため働きましょう!
悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。(ローマ書12章21節)

 先日、美奈宜の杜で行われたガーデンフェスタに行ってきました。うららかな春の日に、お庭で趣味の絵の個展をしておられたご夫妻、長年の夢を叶えて、イングリッシュガーデンを楽しんでおられる御婦人、趣味の木工作品を安価で譲っておられた方など、何人かの方々と言葉を交わし合うこともできました。それも、長年「バイブルの集い」やコンサートを開き続けてきた結果でしょう。その繋がりを大切にして、これからも杜の皆さんと関わらせていただきたいと思わされました。
 恵まれた環境で、ゆったりと庭づくりを楽しんでおられる方々にお会いした後、連日聞こえてくるトップニュースは、危険極まりない北朝鮮を取り巻く情勢です。イエス様は、「平和をつくる者は幸いです。」(マタイ5-9)と語られましたが、今こそ、私たちは戦争回避のために、真剣に神の御加護を祈らなければなりません。
 イエス様は平和のために奉仕する者たちについて、「その人は神の子どもと呼ばれる」と語られました。イエス様を信じて「神の子ども」(ヨハネ1-12)とされている私たちは、当然、平和を造り出す者として働くべきです。その中核が十字架の上で罪びとたちの救いのために、「父よ。彼らをお赦しください。」(ルカ23-34)と祈ってくださった主イエス様の御名による「とりなしの祈り」です。
 マリヤはクリスマスの賛歌の中で、「主は、御腕をもって力強いわざをなし、心の思いの高ぶっている者を追い散らし、権力ある者を王位から引き降ろされます。」(ルカ1-51)と預言しました。神のみこころから大きく逸れて、世界を破滅に導くような偽リーダーを、義なる神が放置しておかれるはずがありません。
 「 神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。(Ⅰテモテ2-4)とあるように、どの民族も、罪を悔い改めて、イエス様の十字架を仰ぎ見るならば、罪の束縛から解放されるのです。世界のいたるところにおいて、主イエス様を信じ、「神との平和」(ローマ5-1)をいただく人たちが起こされますよう、委ねられている福音宣教の働きを続けてまいりましょう。


無題 | 16:08:05 | トラックバック(0) | コメント(0)
罪の暴発を止める「祈り」に耳を傾けましょう!
人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。(ルカ伝19章10節)

 イースター礼拝には久しぶりの方々も多く集われ、フルート讃美、ジョイフルクワイヤのコーラス、イエス様の受難と復活の朗読劇、希望のメッセージを聴くことができました。まだ信仰を告白しておられない4人の方々もランチにも加わられ、それぞれが近況を分かち合い、聴き合うことができました。
 また、集うことはできなかったのですが、翌日、電話をしてくださった方もありました。教会から招きの葉書が届いたことを、大変喜んでおられました。他にも、きっと交わりの声を掛けてくれるのを待っておられる方々が多くおられるにちがいありません。
 イエス様は、失われた人を捜し求める神の愛についてのたとえ話の中で、「いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。」(ルカ15-4)と語られました。主は教会にその務めを委ねておられます。霊の耳を澄まして、助けを求めている微かな声に気づき、その人たちをイエス様のみもとへ導く者とさせていただきましょう。
 隣国に関するニュースの中で、核実験やミサイル発射を繰り返し、力を誇示するリーダーを、英雄として称賛する人々の様子が報道されます。私たちは、私たちの罪を負い、十字架の上で、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」(ルカ23-34)と祈ってくださったイエス様を、救い主として讃美します。
 パウロが、「十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。」(Ⅰコリント1-18)と語られたとおりです。私たちも主に倣って、失われた魂の救いを祈り、捜し求める「キリストのしもべ」として働かせていただきましょう。


無題 | 18:22:31 | トラックバック(0) | コメント(0)
イースター(復活祭)の喜びと希望!
それからトマスに言われた。「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。(ヨハネ伝20章27節)

 皆さん、主イエス様のよみがえりのイースター、おめでとうございます。ここ日本では桜がイースターを祝う花かもしれませんね。聖書でイエス様の復活を予言しているイザヤ書には、「サフランのように花を咲かせる。盛んに花を咲かせ、喜び喜んで歌う。(35-1 2)とあります。色とりどりのチュウリップが満開という国もあるでしょう。そして、世界中どこにおいても、イエス様の救いをいただいた聖徒たちが、満面の笑顔で救い主を誉め讃えるのがイースターです。
 イエス様は漁師ペテロに、「わたしについて来なさい。」(マタイ4-19)と声を掛けられ、マグダラの女と呼ばれるマリヤは「七つの悪霊を追い出していただき」(ルカ8-2)、多くの失望の中で難渋していた人たちが、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。」(マタイ11-28)と招かれ、大きな期待をもってイエス様に従いました。しかし、主はやがて、宗教家たちの妬みと悪意により捕えられ、十字架に架けられてしまったのです。
 弟子となり、従った人たちの落胆はどれほどだったことでしょうか。そんな悲しみの中で、数人の女たちがイエス様が葬られた墓に行ったところ、「ここにはおられません。よみがえられたのです。」(ルカ24-6)という驚くべき天使のお告げを聞いたのです。
 事実、イエス様は、恐れて部屋に閉じこもっていた弟子たちの真ん中に立たれ、「平安があなたがたにあるように。」(ヨハネ20-19)と彼らを力づけ、最初の宣教者として遣わされました。
 パウロは、「キリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。」(Ⅰコリント15-20)と宣言しています。これはまた、私たち主イエス様を信じる者たちもまた、主の御国へとよみがえることの約束です 失望は人を無力にします。信仰は力強く生きる力を与えます。主イエス様を礼拝しつつ、共に御国への歩みを進めてまいりまし
ょう。


無題 | 17:52:55 | トラックバック(0) | コメント(0)
この目標を掲げて新年度をスタートします!
キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。(コロサイ3章16節)

 新年度初の週報を書こうと思っていたところへ、朝倉市報の係から、私の短歌が年間優秀作に選ばれたということで、図書カードが送られてきました。いくつになっても、自分を認めてくれる人がいることは嬉しいものです。この作歌も私の奉仕の一つとして、今年度も優秀賞目ざして励みたいと思います。
 先日も組の懇親会があったとき、「どうしたら、ああいう言葉が出てくるんですか?」と言われましたが、おそらく、こうして週報を書き続けてくることを通して、「言葉を選ぶ」ということが身に着いてきたのだと思います。パウロは、「無に等しいものを選ばれた」(Ⅰコリント1-28)と述懐しましたが、神は私たち一人一人を選び、ご自身の栄光を現わす器へと、日々作り変えていてくださるのです。
 さて、冒頭に今年度の目標聖句を掲げてみました。まずは、「キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ」とあるように、日々、神の御言葉に親しむ生活を心がけましょう。「いのちの泉はこれからわく。」(箴言4-23)とあるように、聖書朗読、暗唱聖句、メッセージは私たちの中に「神の知恵」を養ってくれます。
 次に、「互いに教え、互いに戒め」とありますが、これは、私たちにとっては、「互いに祈り合い」と理解しましょう。信仰をもって捧げられる真実な祈りほど、弱った魂を強め、迷える人を主の救いに導くのに価値ある奉仕はありません。
 そして、「感謝にあふれて心から神に向かって歌い」とあるように、大いに神の御愛と偉大さを誉め歌いましょう。「賛美は心の直ぐな人たちにふさわしい。」(詩篇33-1)とあるように、私たちが主イエス様を誉め歌うことは私たちに似合った奉仕です。この2017年度、皆共に聖書の学び、祈り、讃美に励んでまいりましょう。


無題 | 19:16:30 | トラックバック(0) | コメント(0)