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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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神様とあなたは良好な関係にありますか?
初めに、神が天と地を創造した。(創世記1章1節)

 今日、礼拝をお捧げした後、ジョイフルクワイヤが朝倉音楽祭で三曲の讃美コーラスをします。そのうちの「アメージンググレース 」はF先生ご夫妻紹介の合唱曲で、ピアノ伴奏もF先生がしてくださいます。また、お二人の方々が初めて讃美コーラスに加わられます。聴かれる方々の心に良き感動が伝わりますよう期待しましょう。
 また、先の故K姉の召天一周年記念礼拝には、故人が生前御奉仕しておられた朗読グループ「虹の会」、「日本語教室」から8名の方々が集われ、聖書が伝えるキリスト者の死生観に耳を傾けられました。礼拝後は紅茶をいただきながら、皆さんが故人の思い出やエピソードを聴かせてくださり、心がほっこりするひとときでした。
 イエス様は、「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」(ヨハネ1125)と宣言されました。この御言葉において大切な条件は「信じる」ということです。私たちの罪を負い、十字架の罰を受けてくださり、三日目に死を打ち破って復活された救い主イエス様を信じる者の罪は赦され、「神の子どもとされる特権」(ヨハネ1-12)が与えられるのです。
 先日は再び「福島に津波警報発令」というニュースが流れ、日本中が緊張しました。幸い大災害には至りませんでしたが、今年だけでも熊本、鳥取と大地震が相次いでいます。地の揺れはどうにもなりませんが、せめて、私たちの中に「揺るがない信仰の土台」を構築していきたいものです。
 イエス様は「天にいます私たちの父よ。」(マタイ6-9)と祈るよう教えてくださいました。だから、私たちの多くが「天のお父様」と祈り始めます。そう祈り始めることによって、私たちは万物の創造者と、罪からの救い主イエス・キリストへの信仰を告白するのです。単なる慣習としてでなく、この呼びかけに込められている私たちの信仰告白を意識しながら、神への祈りを捧げてまいりましょう。


無題 | 18:38:18 | トラックバック(0) | コメント(0)
人生を終える日のために、こうして備えましょう!
私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。(第二テモテ4章7、8節)

 本日は昨年11月8日に主のみもとに召されたこK姉の召天一周年記念の礼拝をお捧げします。ご遺族の皆様にとりましても、ご友人の皆様にとりましても、寂しさを覚えることの多い一年であったにちがいありません。そこで、この記念会を通して、愛の神が私どもに何を語りかけておられるかに耳を傾けてみましょう。
 まず心に浮かぶのは、「まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。」(ヨハネ12-24)というイエス様の御言葉です。御本人も、ご家族も、ご友人がたも、皆が癒しを祈り、最善を尽くされました。そのような中で、K姉は病床において、御自身の身に起こっていることについて、別の意味を理解するようになっていかれたのではないでしょうか。
 それは、十字架を前にしたイエス様が、「できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。」と祈られた後、「しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」(マタイ26-39)と祈られたときに似た心境ではなかったかと思うのです。つまり、人知を超えた神のみこころに、全てをお委ねになり、自らの召天によって、身の周りの親しい人たちが「イエス様の救いをしることができるように」と願われたのではないでしょうか。
 その結果、御葬儀で、多くの会葬者がイエス様を信じる者に与えられている「天国の希望」について聴くことができました。また、ご主人も奥様が持っておられたキリスト信仰を求めて、礼拝に集うようになっておられます。また、今日も、多くの御友人がたに、「「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」(ヨハネ11-25)と語られた救い主イエス様を証しておられます。
 イエス様を信じて天に召されたキリスト者たちについて聖書は、「彼らは神の御座の前にいて、聖所で昼も夜も、神に仕えているのです。」(黙示録7章15節)と伝えています。K姉もイエス様の備えられた天の御国で、主を賛美し、祈りの奉仕をしておられます。世に残されている私たちも、この地上の教会において、主イエス様を賛美し、礼拝をお捧げする人生を始めてまいりましょう。


無題 | 19:37:42 | トラックバック(0) | コメント(0)
働きにおいて身を結んでいくために!

イエスは再び彼に言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を牧しなさい。(ヨハネ伝21章16節)
 月、火と行われた視覚障害牧師会に、牧師夫妻が参加させていただきました。超教派の集まりであることから、これまでは参加していませんでしたが、私たちの働きについてお祈りくださっていた皆さんに、直接お会いして感謝をお伝えすべきだと示され、参加させていただきました。
 参加者は5名の減益の視覚障害牧師、2名の退職視覚障害牧師、それに視覚障害者伝道団体の運営に関わっておられる牧師たちでした。それぞれの先生がたの失明、献身、伝道の証しをうかがい、先生がたを祝し、用いておられる主の御名を崇めました。
 私も閉会礼拝において、主がどのように私を導き、ご自身の証人として用いてくださったかについて証しさせていただきました。久しぶりにお会いした先生がた、初めてお会いする先生がたと親しく交わる機会が与えられ、力をいただいて帰ってきました。
 甘木教会の30周年の節目に当たって、与えられている御言葉は、「あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るため」(ヨハネ15-16)です。では、教会の活動を通して福音を聴く人たちの心に信仰の実が生り、バプテスマを受けて、教会に加わっていく兄姉が起こされていくために、私たちにできることは何でしょうか。
 イエス様はペテロに向って、「わたしを愛しますか。」とお尋ねになりました。その質問にペテロは、「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」と応えました。イエス様を愛し、賛美し、御言葉を聴き、祈る奉仕者を、主は求めておられます。私たちも主イエス様を愛し、イエス様の教会建設の働きのために、喜んで私たち自身を捧げてまいりましょう。


無題 | 21:32:24 | トラックバック(0) | コメント(0)
こうして30年の歩みが導かれてきました!
主は、昼は、途上の彼らを導くため、雲の柱の中に、夜は、彼らを照らすため、火の柱の中にいて、彼らの前を進まれた。彼らが昼も夜も進んで行くためであった。(出エジプト記13章21節)

 先主日にはボード先生をお迎えして、創立30周年感謝礼拝をお捧げし、午後には墓碑の完成を祝い、献碑式をさせていただきました。好天気にも恵まれ、数名の新再来会者もあり、恵まれた記念日となりました。
 さて、私が着任してからの教会の歩みについて、先週は会堂の立ち退きを迫られたところまで書きましたが、その危機の中で、主は新しい道を指し示してくださいました。それが現在会堂が立っている郵便局隣地の購入の提案でした。何の蓄えもありませんでしたが、皆は購入で一致し、多額を捧げ、教会債に協力し、土地を取得することができました。
 立ち退きまで、少しの猶予があり、会堂建築について祈っていると、溝江住宅の営業が
来られ、ついには設計図まで作ってくれました。初めは会堂だけでもというところから始まりましたが、牧師家族の住まいまで備えられた設計へと話が進展していきました。そして、2006年のクリスマスを前に、ついに新会堂の完成を見ることができました。
 地域に向けての伝道に関しては、教会案内、信仰トラクトを作っては配布するという方法だけでしてきましたが、次第に反応を聞くこともなくなっていきました。そんな中で開かれていったのが音楽による証しの道でした。一つは聖歌隊(ジョイフルクワイヤ)の甘木朝倉音楽祭での讃美コーラスであり、もう一つは卑弥呼の湯での「歌のプレゼント」でした。これらの奉仕を通して、連合文化会やボランティア連絡協議会にも加盟し、次第に社会的な繋がりも拡がっていきました。
 また、T姉がお住まいの美奈宜の杜での「バイブルの集い」も始まり、10余年、地域の皆さんに聖書・賛美歌に親しむ機会を提供し続けてきました。そこから発展した地域バンドとの共演による「クリスマスコンサート」も今年は第3回を催そうとしています。
 新会堂に移ってから、多くの人たちが来会されましたが、そのうちの多くの方々は信仰の立場のちがいから、遠のいていかれました。しかし、この度の記念礼拝を16名の来会者で祝うことができました。「歩み来し荒野の旅の三十年十字架の主が群れ育めり」という記念短歌が与えられましたが、これからも、教会の頭なる主イエス様が教会を養い育ててくださると信じています。


無題 | 15:47:29 | トラックバック(0) | コメント(0)