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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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もう一つのパラリンピックに参加しましょう!
ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。(ピリピ書3章13、14節)

 パラリンピックリオ大会が大きな感動を残して終わりました。オリンピックがエリートアスリートたちの檜舞台であるのに比して、パラリンピックは挫折者のリハビリの成果を競う大会のように感じました。選手ひとりひとりの背後に悲しいストーリーがあります。
 車椅子走の佐藤選手は21歳で下半身不随となり、絶望し、引き籠っていましたが、車椅子ランナーの走るのを観て、自分も「風を感じたい」と思い、挑戦を始めたそうです。車椅子ラグビーの池選手は交通事故で三人の友を失った上、全身やけど、左脚切断という障害を負う中で、「友の分まで生きよう。」と決心し、車椅子ラグビーへ導かれたそうです。
 イエス様は、「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招いて、悔い改めさせるために来たのです。」(ルカ5-31 32)と語られました。つまり、イエス様は挫折者にこそ近づいてくださり、「神をほめたたえ」(詩篇66-8)る者へと造り変えてくださるのです。
 O姉妹が聖書を読み通されたそうです。マラソンを走り切ったような満足感を感じられたのではないでしょうか。そして、それは神の恵みです。ダビデは「神のみことば」について、「それらは、金よりも、多くの純金よりも好ましい。蜜よりも、蜜蜂の巣のしたたりよりも甘い。」(詩篇19-10)と詠いましたが、姉も同じように感じられたのではないでしょうか。
 私たちも信仰のパラリンピックに挑戦してみましょう。主への礼拝を尊び、集い続けること、忠実に祈りの奉仕を続けること、暗唱聖句に挑戦し続けること、賛美をもって主を証し続けること、種目はいろいろあります。さあ、あなたの「信仰パラリンピック」を始めましょう。


無題 | 16:35:05 | トラックバック(0) | コメント(0)
あなたの人生のゴールは?
こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。(ヘブル書12章1節)

 今パラリンピックが開催中で、テレビでもその一部が放映されています。先日、息子が朝食を食べているときに、視覚障害の100m走があり、彼は10,99の世界新記録の走りに度肝を抜かれていました。ガイドと調子を合わせて走るマラソンについては知っていましたが、11秒を切るようなスピードの視覚障害ランナーをガイドできるアスリートは、めったにいないでしょう。しかも途中までは一歩先を走り、視覚障害ランナーが先にゴールしなければならないそうです。このような制約の中で、10秒台で走るなどとは、息子が目を見張るのも当然です。
 イエス様が、道の傍らに坐していた盲人について、誰の罪の結果とかいうのでなく、「神のわざがこの人に現われるためです。」(ヨハネ9-3)と語られた御言葉の真理を、こうした大会の中にも見ることができます。災害などで苦難を強いられるような状況が増えている中で、障害を持ちながらも挑戦を続けるアスリートたちの姿は、そうした被災者の方々にも、どれほど勇気を与えることでしょうか。

 明日は「敬老の日」です。歳を重ねていけば、次第に衰え、不自由なところも増すばかりです。皆がパラリンピックに出場しているようなものです。「わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った。」(イザヤ書43-7)とあります。地上に生きている全ての人は、神の期待を受けて生きているのです。
 オリンピックでもパラリンピックでも、メダルを取った人たちが、応援してくれた人たちへの感謝の言葉を述べているのを聞きます。応援団がその人を、そこまで押し上げたと言っても過言ではないでしょう。このことは信仰の歩みについても言えます。共に歩む信仰の仲間、聖書に登場する信仰の勇者たちの励ましがあってこそ、「走るべき道のりを走り終え」(Ⅱテモテ4-7)、主より「義の栄冠」(8)を授かることができるのです。
 家族も、友達も、親戚も皆、祝福の天の御国で再会したいですね。主イエス様は私たちを、その御国へと導いてくださる「良い牧者」(ヨハネ10-11)です。一人でも多くの人がこのイエス様の救いに与りますよう、福音の証しを続けてまいりましょう。


無題 | 16:26:48 | トラックバック(0) | コメント(0)
危機の中にあって、神の守りを祈りましょう!
すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。(エペソ書6章18節)

 私たちは先週後半、台風12号が北上ということで緊張しましたが、何事もなく通り過ぎてくれ、感謝で終わることができました。しかし、岩手県や北海道では、その前に上陸した台風の引き起こした甚大な災害との闘いが続いています。特に、土砂崩れのために孤立状態にある地区に住む方々が守られ、救助隊の作業が支えられますよう祈り続けましょう。
 湖を渡っているとき、突然嵐に襲われた弟子たちがイエス様を起こして、「主よ。助けてください。私たちはおぼれそうです。」」(マタイ8-25)と主の助けを懇願した場面を思い出します。そのとき、イエス様は「風と湖をしかりつけられ」(26)、その嵐を沈め、ご自身が自然界をも支配しておられる神であることをお示しになりました。
 最近の頻発する自然災害の中で、私たちも何をさておいても、全てを支配しておられるイエス様に向って、「主よ。助けてください。私たちはおぼれそうです。」と素直に助けを祈る「信仰の人」でありたいものです。主はあのとき荒れ狂う嵐を「「黙れ、静まれ。」(マルコ4-39)という御言葉をもって沈めてくださったように、今でも、私たちの行く手を阻む幾多の困難を突破していく力と知恵を授けてくださいます。
 最近、私たちを取り巻く最大の脅威になりつつあるのが北朝鮮のミサイル発射実験です。日ごろから危険性があると思われていた人物が、実際に犯行に及んでしまったというニュースを耳にすることがあるように、今の実験が、いつ本発射となって、日本を標的に打ち込まれるかもしれません。政府は迎撃ミサイルの配備を進めるそうですが、私たちはこの危機についても、歴史を導いておられる主イエス様の御加護を祈り求めましょう。
 私たちは孤立した被災地で救助のために奮闘しておられる自衛隊や警察、消防、自治体などの働きを知っています。では、私たち「祈りの兵士」は任務を果たしているでしょうか。罪に満ちたこの時代にあって、神のみこころが地上においても実現されていくよう祈り続けましょう。


無題 | 16:03:58 | トラックバック(0) | コメント(0)
生かされている「今」を大切にしましょう!
私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。(第二テモテ4章7節)

 8月27日に群馬県大泉町にある「めぐみBT」のAS先生が脳出血で倒れたとのことで、回復のため祈らせていただきましたが、病状重く、翌日の晩、主の身元に召されたとの知らせをいただきました。つい一月ほど前、私が声の具合について書いたところ、「祈っています。」と気遣いを示してくれたばかりでした。いつも明るく、人を和ませてくれる先生でした。深い悲しみの中におられるT先生、M姉(高三)、M姉(高二)をはじめ、ご遺族、御教会を主が支えてくださいますようお祈り申し上げます。
 大泉町は日系ブラジル人が人口の一割を占めるということで、先生がたもポルトガル語を学びながら、日本で宣教師のようなお働きをしてこられました。どうしても、日本語もポルトガル語も中途半端になりがちなブラジル人の子どもたちに、主イエス様への信仰を伝えると共に、日本社会になじめるよう、日本語も教えてこられたとのことです。それはパウロが書いたように、「すべての人に、すべてのものとなりました。それは、何とかして、幾人かでも救うためです。」(Ⅰコリント9-22)という宣教スピリットから出ていたのでしょう。

 イエス様は、「群衆を見て、羊飼いのない羊のように弱り果てて倒れている彼らをかわいそうに思われた。」(マタイ9-36)とあります。ある教会が貧困家庭の子どもたちに食事を提供する奉仕を始められたと聞きましたが、これなども社会状況を見て、イエス様の促しを感じてのお働きにちがいありません。
 私たちも今回創立30周年記念のトラクト(教会案内)を作りましたが、遠方へはなかなか配布に行けませんので、新聞に入れてもらうことにしました。とりあえず、東宝村、杷木町、浮羽町に届けられました。「一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。」(ヨハネ12-24)とあるように、トラクトに書かれているメッセージが、人々の心に留まりますよう祈りましょう。
 私たちよりはるかに若かったA先生が召されたと聞き、「機会を十分に生かして用いなさい。」(エペソ5-16)という御言葉の語りかけを感じます。天の御国へ召されるとき、主イエス様から、「よくやった。良い忠実なしもべだ。」(マタイ25-21)とお褒めをいただけるよう歩んでまいりましょう。


無題 | 18:45:19 | トラックバック(0) | コメント(0)