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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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「心の眼が開かれる」とは、どういう経験でしょうか。

だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。(第二コリント5章17節)

 先主日にNBBCのK兄が来会くださり、主イエス様の救いに与って、88歳まで歩んでこれた幸いを証してくださいました。「耳が遠くなって。」と言っておられたので、「盲聾となりし米寿の兄来たり 光を受けし身の幸証す」という歌を詠ませていただきました。
 道端で物乞いをしていた盲人について弟子たちが、その原因を問うたときイエス様は、「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現われるためです。」(ヨハネ9-3)とお応えになったように、兄の人生においても、その御言葉が実証されました。生まれながら視覚障害があったために、皆から、「かわいそうな子」と言われて育ち、性格も暗かったそうですが、イエス様の御言葉により、自分の罪深さに気づき、救い主を信じて、何事にも前向きに取り組む、今の兄に生まれ変わったそうです。
 どんなに自分の姿に幻滅してみても、そうした自己憐憫の中に救いはありません。救いは、「わたしは、よみがえりです。いのちです。」(ヨハネ11-25)と宣言され、事実、死を打ち破って復活された主イエス・キリストを信じる者にだけ与えられるのです。

 「死は一つ 賢明の死をば希う 我が地獄胸 山鳩鳴けり」という短歌を耳にしたのですが、この歌の中には救いはありません。「地獄胸」という表現の中に、罪に苦しむ人の姿を見ることはできますが、そこから、罪人の罪を身代わりに負って十字架の罰を負ってくださった救い主を仰ぎ見る信仰を見ることはできません。
 これに対し、「御子を信じる者は永遠のいのちを持つ」(ヨハネ3-36という御言葉には、罪人が救われる方法が明らかにされています。神御自身が、その深い愛の故に、私たち罪人に救いを備えてくださった、それがイエス。キリストの十字架です。今なお、「地獄胸」を抱えて苦しんでいる人たちに、この救い主を証してまいりましょう。


無題 | 21:50:57 | トラックバック(0) | コメント(0)
「仕える者」の幸い


あなたがたが召されたのは、実にそのためです。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。(第一ペテロ2章21節)

 先日の卑弥呼の湯での「秋の歌プレゼント」に行く途中、一緒に信号待ちをしていた御婦人が、「まあ、なんていう秋晴れでしょうか!」と話しかけてくれました。おかげで、明るい気持ちで歌うことができました。終わってからは、「用事で遅れたんだけど、あんたたちの歌が聴けて、よかった!」と言いに、楽屋まで来てくれた方、帰りがけに、「コンサート、楽しかったです!」と声をかけてくれた若いお母さんなどおられました。最後には、「神の守り、なが身を離れざれ!」と皆さんの上に神の御加護を祈らせていただいて、お別れしました。

 火曜には石橋姉の手術が行われます。「讃美歌のアルトを歌う姉病みて 手術医の手の守りを祈る!」 石橋姉を病が蝕んでいるという知らせをいただいたとき、頭に浮かんだ御言葉は、「しばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。」(Ⅰペテロ5-10)でした。そのお約束のとおり、悪いところがすべて取り除かれて、また共に主を賛美できる日が早く来ますよう、祈り続けましょう。
 私たちの主イエス様は神であられるお方なのに、謙って、弟子たちの汚れた足をさえ洗われたお方です。そして、「わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」(ヨハネ13-34)とお命じになりました。主御自身が十字架の上で私たち罪人のために、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」(ルカ23-34)と祈るほどに、私たちの救いのために仕え貫いてくださったのです。

 今の時代、この主イエス様の奉仕の精神に立ち返ることが、どれほど求められていることでしょうか。今度の安部内閣には「一億総活躍大臣」というポストが新設されたと聞きましたが、イエス様のこの模範に目を向けてほしいものです。
 奉仕する側に立てることは幸いなことです。「永遠のいのち」をいただいているから、人の救いを祈ることができるのです。健康が与えられているから、人のお世話ができるのです。能力を授かっているから、人の役に立てるのです。この秋も、感謝して、主イエス様にお仕えさせていただきましょう。


無題 | 18:29:57 | トラックバック(0) | コメント(0)
見い出されてこそ、真価を表わすことができます!

まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。(ヨハネ伝5章24節)

 先日、朝倉市社会福祉協議会主催の「住民福祉ボランティアの集い」で私たち「ヘブンリー・ドロップス」の「歌とトークのプレゼント」が紹介されました。何人かの方々から「楽しかったですよ!」というお声を掛けていただけたので、ホッとしています。近々、反省会が開かれるそうですから、どんな意見が聞けるか楽しみです。
 そんな中、今年も二人の日本人科学者がノーベル賞を受賞したとのニュースが聞こえてきました。そのお一人、大村智さんは微生物の研究を続け、寄生虫が引き起こす難治の風土病に効く抗生物質の製造に貢献した研究者だそうです。その結果、多くの人々が失明を免れたり、命を取り留めたりするようになったのだそうですから、こうして賞賛されるに値する業績です。
 大村さんは、「賞の半分は微生物にあげたい。」と言っておられましたが、「神は、その種類にしたがって野の獣、その種類にしたがって家畜、その種類にしたがって地のすべてのはうものを造られた。」(創世1-25)とある創造物の中に、地中にうごめく、その微生物も含まれていたのですね。まさに、「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。」(伝道3-11)とあるとおり、神がお造りになったものはすべて、何かの価値ある目的のために存在しているのです。
 私たちもかつては、「失われた人」(ルカ19-10)であったし、「死の陰の地に住んでいた者たち」(イザヤ9-2)でした。しかし、主イエス様がそんな私たちを、「捜して救うために」来てくださり、十字架の罰をその身に負って、私たちを罪の呪いから救い出してくださいました。私たちは見い出され、イエス様の十字架の血潮によって洗いきよめられ、「光の子ども」(エペソ5-8)とされたのです。
 「今、したいことは?」と尋ねられて、大村さんは、「真の人を育てる教育をしたい。」と応えておられました。私たちはイエス様が語られた、「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」(ヨハネ3-3)という御言葉を信じています。一人でも多くの人が救い主イエス・キリストを信じて、「神の子ども」(ガラテヤ3-26)とされますよう、キリストによる「救いの道」を証してまいりましょう。


無題 | 18:36:17 | トラックバック(0) | コメント(0)
あなたの魂の「安全保障」は?

罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。(ローマ書6章23節)
 先主日の礼拝に大宰府にお住まいのY兄姉が二人のお孫さんたちを連れて出席され、信仰の証も聴かせてくださいました。共に若い頃にイエス様の救いをいただき、50年にわたり、忠実に主にお仕えしてこられた御夫妻です。以前、N姉が人吉の教会でお会いしたことがあり、今回、ジョイフルクワイヤのピアノ伴奏をしてくださることになりました。
 Y兄は高校生の頃、初めて教会に行き、そこで、自分の無知に愕然とし、真剣に求道を始められたとのことです。神の御言葉が、深く兄の心を捕えたのでしょう。それ以来、「聖日厳守」をモットーに、信仰者としての歩みを続けてこられました。
 Y姉は教会学校を通してイエス様の救いをいただき、今日まで音楽の賜物を用いて、主にお仕えしてこられた方です。最近は、健康面で弱さを覚えておられますが、体調を整えて、ピアノや聖歌隊で奉仕を続けておられます。信仰の一致があるので、初めて合わせたにもかかわらず、伴奏もコーラスも溶けあって、心から主を賛美できました。
 最近、毎日のように耳にする凶悪な事件の報道に、イエス様が語られた、「あなたがたに光がある間に、光の子どもとなるために、光を信じなさい。」(ヨハネ12-36)という御言葉の緊急さを感じます。豊かな時代に生きていると言われていながらも、実は、やみの中を行き惑っている人たちが多くいるのです。Yさんがそのことに気づいて、友達に笑われようが、馬鹿にされようが、教会に行き、聖書のメッセージを聴き続けたように、今の時代の若者たちも、イエス様のもとに帰らなければなりません。
 聖書は「罪から来る報酬は死です。」と警告しています。また、「やみがあなたがたを襲うことのないように」(ヨハネ12-35)と、イエス様を信じて、罪の滅びから救われるよう促しています。一人でも多くの人たちが、神の警告に耳を傾け、イエス様の十字架を仰ぎ見、「永遠のいのち」の救いに与りますよう、福音を証してまいりましょう。


無題 | 19:37:03 | トラックバック(0) | コメント(0)