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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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「神を知る」ことの幸い

私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。(ローマ7章24、25節)

 先日、息子の朝倉高校野球部の夏の大会一回戦があり、応援に言ってきました。小雨まじりの中、30分遅れでのプレーボールでしたが、実に緊迫した好ゲームとなり、ワンチャンスをものにした朝高が、感動の初戦突破を果たしました。小学一年から始めた野球、甲子園を目ざす大会で、なんとか一勝させてやりたいという親心で、「求めなさい。そうすれば与えられます。」(マタイ7-7)という主のお約束に信頼して、神の助けを祈り続けた結果、これ以上ないというような内容で勝利することができました。
 息子にも神様の助けを祈り求めるよう繰り返し伝えましたが、大事な場面で、きっちりバントを決めることができたし、センターへの鋭い当たりをもキャッチすることができました。あのプレッシャーのかかった場面で経験した神様の守りが、彼の信仰成長に繋がってくれるよう祈っています。
 パウロは、「神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。(ローマ8-31)と告白しています。これは実に強い神への信頼の表明です。「自分は神が望まれる生き方をしている!」と旨を張って宣言しているということです。イエス様が、「わたしと父とは一つです。」(ヨハネ10-30)と宣言されたのと似た表現です。私たちもいつも、神様の祝福をいただけるような信仰生活を歩んでいれば、いざというとき動じる必要はありません。
 最近、私たちは悔やんでも悔やみきれないであろうような事件を耳にしました。「あのように小さい火があのような大きい森を燃やします。」(ヤコブ3-5)とあるように、夫婦間の些細な言い争いが子どもたちを死傷させるような大火災に至ってしまったというのです。どんなに後悔して、その前の状態に戻したいと願っても、もう幸せだった元の家族には戻れないのです。
 人は神の守りをいただかなければ、いつ、どんな暴走をするかわからないような愚かな罪人です。自分は大丈夫と思ってはなりません。すべての人が救い主を必要としています。一人でも多くの方が真の神に立ち返ることができるよう、主イエス様の十字架の救いを証してまいりましょう。


無題 | 10:04:37 | トラックバック(0) | コメント(0)
この世で終わりではありません!

しかし、満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。(第一テモテ6章6節)

 先日、新幹線の中で焼身自殺をするという事件があり、巻き添えになった方々もおられました。お見舞い申し上げます。その報道を聞きながら、「なぜ、あの人は、あれぽど人に迷惑をかける方法で命を断とうとしたのだろう?」と考えさせられました。人生の晩年に近くなって、一人の人に対してでも、「お世話になりました!」という気持ちを持っていれば、決して、あのような愚行に至ることはなかったのではないでしょうか。
 私たちは「歌のプレゼント」の中で、「嬉しかったこと、楽しかったことを一つ一つ数え上げて「神様、ありがとうございます!」と感謝して眠るようにしましょう。」と言って、「数えてみよ主の恵み」を歌うことがあります。どうも人は、いやな経験を引きずって、恨み心を抱きがちなようですから、日ごろから、恵みを数えては感謝する良い習慣を身に着けておきたいものです。そして、いつか世を去る日が来たなら、心から、「皆さん、お世話になりました!」と感謝して、主イエス様が、「あなたがたをわたしのもとに迎えます。」(ヨハネ14-3)と約束してくださった天の御国へと旅立ちたいものです。
 その日は私の誕生日でしたが、フェースブックの友達から、たくさんのお祝いメッセージが届いたので、明るい気持ちになりました。中には、一度しかお会いしたことのない宣教師から、「いつも祈っていますよ。」というメッセージがあり、驚きました。このところ体調が良いわけがわかったようで、主がくださった友の祈りに感謝しました。
 アサフという人は沸き起こる妬み心のために苦悩しましたが、神への礼拝が回復されたとき、「私にとっては、神の近くにいることが、しあわせなのです。」(詩篇73-28)と告白することができました。これは、すべての人にとっての幸福の原典であるにちがいありません。神が共にいてくださることを実感し、満ち足りている状態です。
 このところよく「断捨離」という言葉を耳にします。この表現は信仰生活を促しているかのようにも聞こえます。物への執着を卒業し、神と共に歩む「永遠のいのち」の生活に喜びを見い出しましょう。きっと多くの人たちがクリスチャンの潔い生き方に引かれ、イエス様の救いに心を向けるようになることでしょう。


無題 | 17:20:36 | トラックバック(0) | コメント(0)