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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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「危険ドラッグ」の誘惑に、こうして勝つ!

やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が照った。(イザヤ書9章2節)
 
 先週末、甘木のイルミネーション点灯式が行われ、ジョイフルクワイヤがリードして、お集まりの皆さんと共に、クリスマスキャロルを大合唱しました。市長をはじめ、居並ぶ来賓までが、キャロルの歌詞を手に、嬉しそうに(?)歌っておられたようです。発案者のKさんも焼き鳥を差し入れて、労をねぎらってくれたので、「お役に立てたかな」、とホッとしました。
 これを機会にお二人の市会議員とも知り合い、教会の活動について話すこともできました。これまで、教会の活動は市民に有用なものとして認められていなかったかもしれませんが、今後、地域に祝福をもたらすものとして、ふさわしい奉仕の場が備えられていけば幸いです。

 先週、私たちは「薬物乱用」という、重い課題について学びました。今年、「またか?」というほど耳にしたのが「危険ドラッグ」の吸引に因る事故であったし、社会をむしばんでいる薬物依存の実態でした。聖書は、「人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。」(ガラテヤ6-7)、「悪から遠ざかって」(Ⅰペテロ3-11)と、悪の誘惑に近づこうとする者たちに、厳しく警告しています。
 違法ではありませんが、喫煙者の癌罹患率の高さもよく知られるようになっていますし、飲酒運転に因る事故も、相変わらず報じられています。人が作った方が許しているからというのでなく、聖書が、「あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、」(Ⅰコリント6-19)とおしえているのですから、私たちは体と心を健全に保つ責任を負っています。
 では、今、何かの薬物に依存している人は、どうしたらよいのでしょうか。聖書は、酒やたばこ、ドラッグに依存する代わりに、「御霊に満たされなさい。と教えています。救い主イエス様を信じる人の心には、聖霊が住んでくださり、「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」(ガラテヤ5-22 23)の身を実らせてくださいます。
 このクリスマス、一人でも多くの人がイエス様を信じ、聖霊に導かれる者へと変えられますよう、救いの道を証してまいりましょう。


無題 | 16:56:30 | トラックバック(0) | コメント(0)
音楽の最高の用い方は?
主の栄光を国々の中で語り告げよ。その奇しいわざを、すべての国々の民の中で。(詩篇96篇3節)
 
 突然(?)といった感じで衆議院が解散し、総選挙ということになりました。安倍首相の国民に信を問おうとする「丁寧な政治姿勢」の表れでしょうか。「国の浮沈は、わが一票にかかれり!」といったぐらいの気概をもって、責任ある投票に臨みたいと思います。
 今年のクリスマス、甘木のイルミネーション点灯式でキャロルの奉仕が与えられたり、美奈宜の杜でのジョイントコンサートが計画されたり、ワクワクするようなイベントが続きますが、j姉の地元、飯塚で行われてきているファミリークリスマス(20日)でも、メッセージを取り次がせていただくことになりました。どんな新しい祝福を見ることができるか、今から楽しみです。
 先週、私たちは「音楽」についての学びをしました。実は、今施設で「歌のプレゼント」をし、帰って、このメッセージを書いていますが、もし、音楽なしで高齢者と過ごすとしたら、せいぜい5分もあれば、話すことが尽きてしまうことでしょう。ところが、季節の歌を歌ったり、民謡の旅をしたりして過ごせば、声を上げて笑ったり、涙ぐんだりしながら、アッという間の一時間です。人をやる気にさせる音楽、リラックスさせて疲れを取ってくれる音楽、悲しみを助長するような音楽、いずれの音楽も、聴く人の生活に影響を与えます。
 神への礼拝においても、音楽は重要な役割を果たしています。今も私たちはタンバリンを効果音として使いますが、今から3千数百年前、モーセとその一行が紅海を渡り終えたとき、既に女性たちがその楽器を叩きながら、主を誉め讃えたことが記されています。最近、音楽療法を取り入れる病院が増えていますが、三千年前、ダビデは既に、竪琴を奏でて主君の精神錯乱を静めていました。さて、聖書は、どのような音楽を勧めているでしょうか。
 まず、「心から神に向かって歌いなさい。」(コロサイ3-16)とあるように、私たちは音楽を、神を誉め讃えるために用いるべきです。長年歌い継がれてきているキャロルの中には、キリストの救いの恵みが、わかりやすく歌いこまれています。この良きシーズン、聖書が伝えるクリスマスのメッセージを語ると共に、すばらしいキリスト教文化遺産であるキャロルを歌って、「罪人を救うためにこの世に来られた」(Ⅰテモテ1-15)イエス・キリスト様を、多くの人たちに証しさせていただきましょう。


無題 | 20:57:06 | トラックバック(0) | コメント(0)
最も大切な情報メディア、それは「○○」です
遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」(ローマ書10章15節)
 
 ここ数年、各地でクリスマスのイルミネーションが盛んになって、年末の風物詩になっています。甘木でも22日(土)に点灯式が行われるとのことで、ジョイフルクワイヤもキャロルを歌って、華を添えることになりました。いきさつは地元のKさんが讃美歌「いつくしみ深き」がお好きで、みんなで大合唱したら、点灯式が盛り上がるだろうということで、主催者を説得してくださり、実現の運びとなったというわけです。こうしてまた、町にお仕えする場が備えられたことを感謝します。
 
 また、長年「バイブルの集い」を開いてきている美奈宜の杜で、12月11日(木)にクリスマスコンサートをすることになりました。助っ人がいると助かるなあと思っていたところ、地元の音楽グループ「音づくりの会」も出演してくださることになり、どんなコラボになるか、これもまた楽しみです。

 私たちは先に「メディア」について学びました。テレビ、ラジオ、新聞、携帯、インターネット、雑誌、映画、数あるメディアの中で、あなたにとって最も大切な情報源は何ですか?私にとってEメールやインターネットも大切ですが、神の御言葉「聖書」に勝る情報源はありません。なぜなら、聖書は私に善悪の基準を教え、物事を判断する洞察力を養ってくれたからです。

 残念ながら、私たちは毎日のように犯罪のニュースを耳にしています。では、何がそのような恐ろしい犯罪を助長しているのでしょうか。メディアを介して入ってくる有害な情報が、それを取り込んだ人の心の中で増殖して、人を犯罪へと駆り立てているような場合も多いのではないでしょうか。
 このシーズン、私たちを介して、「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。」(ヨハネ3-16)という、救い主による救いの知らせが、多くの人に届くよう祈りましょう。神は私たちを聖め、神の愛と救いを宣べ伝えるメディアとして、用いてくださるのです。


無題 | 16:40:07 | トラックバック(0) | コメント(0)
心に「いのちのイルミネーション」を灯しましょう!
この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。(ヨハネ伝1章4、5節)
 
 今年もジョイフルクワイヤが、「あまぎ・あさくら音楽祭」で5曲の賛美の歌を歌わせていただきました。後から、「よかったですよ!」とか、「人数が増えましたね。」とか、いくつかの好評を聞くことができました。イエス様は弟子たちに向って、「あなたがたは、地の塩です。」(マタイ5-13)と告げられましたが、ほんの一つまみの塩であっても隠し味となって料理を引き立てるように、クワイヤ(聖歌隊)の讃美も、音楽祭に貴重な色彩を添えることができていれば幸いです。当日のライブ録音をHPにアップしていますので、気分転換にお聴きになってみてください。
 外回りによい季節ですから、「いのちの風が吹く」のトラクトに教会案内を挟んで、北の町に配布しています。どなたか生き方を模索している人が読んでくださることを期待して。その後も、クリスマスの案内までは、少し離れた町の人たちにトラクトをお届けするつもりです。主が、「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。」(Ⅱテモテ4-2)と励ましていてくださるのですから。
 音楽祭でお会いした方が、イルミネーションの点火式で「キャロルを歌ってほしい。」と申されました。「町の皆さんにお役に立てば本望ですから、喜んで」とお伝えしました。果たして、正式な申し出があるかどうかはわかりませんが、そのような声を掛けてくださった方があっただけでも感謝です。

 もうクリスマスケーキの予約のチラシが入っていました。教会もさっそく、クリスマスの準備を始めなければ。美奈宜の杜でのクリスマス会の提案もありました。イブには卑弥呼の湯での「歌のプレゼント」も予定されています。良き準備を重ねて、主の祝福を待ちましょう。
 クリスマスの主人公イエス様についてヨハネは、「この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。」と証言しています。今の時代、失望し、「やみの心」で、やっと生きている人もいるはずです。傷ついて、人間不信になっている人もあるかもしれません。そのような人たちが、この「光」、この「いのち」に来ることができるように、この良き機会を用いて、「神の驚くべき愛」、イエス・キリストの救いを証してまいりましょう。


無題 | 16:10:18 | トラックバック(0) | コメント(0)
「喜びの誉め歌」が心から溢れ出る!
私は、この口をもって、大いに主に感謝します。私は多くの人々の真中で、賛美します。
(詩篇109篇30節)
 
 教会の開所記念礼拝において、神様は一つのドラマを見せてくださいました。前週にMHちゃんが久しぶりに来会されたのですが、それには、ある理由がありました。合唱コンクールでピアノ伴奏をすることになったそうですが、その曲が難曲過ぎたので、お母さん(H姉)が、「教会へ行って、お祈りして来ようか。」と持ちかけたらしいのです。
 私が主の助けを祈った後、はっきりとした声で、「アーメン」と応答していました。結果、淀みなく伴奏でき、クラスも一等に選ばれたそうです。「これは教会でお礼をして来なければ」と思ったのでしょう、特別集会にも集い、その難局を演奏してくれましたが、神様への感謝が伝わってくる、賛美の曲に聞こえてきました。将来、喜んでイエス様にお仕えする人になれるよう、導きを祈りましょう。
 今日は「あまぎ・あさくら音楽祭」で、ジョイフルクワイヤが5曲の讃美の歌をコーラスします。会を重ねて、8回目の出演となりますが、ガチガチに緊張して、楽譜にしがみついていた頃に比べて、今回は笑顔で信仰の喜びと希望を証できるような気がします。

 イエス様と弟子たちが最後の晩餐の後、「賛美の歌を歌ってから、みなオリーブ山へ出かけて行った。」(マタイ26-30)という場面が思い出されます。十字架に向かって進んで行かれる前、主は弟子たちと、どのような賛美の歌を歌われたのでしょうか。おそらく詩篇ではないかと想像しますが、大きな使命を前に、主はいったい、どの詩篇を選ばれたのでしょうか。
 そして、今私たちの心から溢れてくる賛美は、その主イエス様が、十字架の上で成し遂げてくださった救いの御業です。「キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。」(Ⅰペテロ2-24)とあるように、主は私たちの魂の救いを完成してくださいました。
 だから、私たちは、「ああ、驚くべきイエスの愛よ!」(聖歌699番)と、主の愛と恵みを賛美せずにはいられません。天国へ凱旋する日を信じているから、「歌いつつ歩まん!」498番)と、神を讃えつつ生きているのです。


無題 | 20:59:04 | トラックバック(0) | コメント(0)