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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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スタートから28年、主の導きを感謝します!
このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行ないを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。(マタイ伝5章16節)
 
 先週はジョイフルクワイヤが、小郡文化会館で開かれた「飛び出して音楽祭」に出演し、3曲の讃美の歌を合唱させていただきました。特に印象に残ったのは、運営側の理念の高さでした。しっかりとした青写真の下に、入念な準備がされてこその、内容豊かなコンサートだったと思います。
 ジョイフルの讃美の後、ひときわ拍手が長く続いたのは、聴衆の皆さんも拍手をもって、神様を誉め讃えたのかもしれません。出かける前、礼拝で語られた、「主は、私の口に、新しい歌、われらの神への賛美を授けられた。多くの者は見、そして恐れ、主に信頼しよう。」(詩篇40-3)の御言葉のとおり、私たちの讃美の姿を見て、イエス様の救いのすばらしさに、心を向ける人が起こされるよう祈りましょう。

 私たちは毎秋に教会のスタートを記念してきていますが、今回が28周年ということになります。私たち家族が赴任してきて15周年でもあります。スタートの頃のことについては、将来、記念誌でも編纂する機会があれば、どなたかに証してもらうことにして、私たちが遣わされてきたときには、雑草に囲まれた古風な会堂に、I夫妻だけが礼拝に集っているという状態でした。
 それから15年、主はどれほど教会を祝してくださったことでしょうか。1歳半だったL君を連れて、教会案内を配布して回った頃のこと、一人二人と教会を訪ねる人たちが起こされてきたときの喜び、立ち退きの迫る中で、新会堂が建て挙げられていったときの感動、書き尽くせないほどの主の恵みの豊かさを、「私は、主の恵みを、とこしえに歌います。あなたの真実を代々限りなく私の口で知らせます。」(89-1)という詩篇をもって証させていただきます。
 来週開かれる朝倉音楽祭にも、今回で8回目の出演になります。出演当初の極度の緊張感も和らいで、落ち着いて賛美できるようになってきたのではないでしょうか。私たちは年に数回、集会案内や福音トラクトを配布して周りますが、それを手にされた方が、「あそこで讃美歌をコーラスした人たちの教会だ。」と気づいてくださるかもしれません。
 今、強く思わされていることは、「主を愛し、地域に仕える教会になりたい!」ということです。私たちはかつて、「滅びの穴」、「泥沼」(詩篇40-2)の中でもがいていた者でしたが、今はイエス様の「巌の上」で豊かに養われています。今度は、私たちが周囲の人たちに神の恵みを、おすそ分けさせていただきましょう。


無題 | 16:36:37 | トラックバック(0) | コメント(0)
危うい時代に、「確かな土台」を持ちましょう!
罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。(ローマ書6章23節)
 
 今週土曜日に予定されている朝高野球部の一年生大会を前に、保護者会の壮行会があり、参加してきました。既にクラブチームで鍛え上げられている子どもたちも多く、それを支えてきた親たちの「やる気」も半端ではありません。ただ勝ち負けだけでなく、野球を通して、高校生たちも保護者会も、心の通う「良き仲間になれたらいいなあ!」と思わされました。
 さて、今日は練習を重ねてきた「飛び出して小郡音楽祭」の本番です。これまで、周到な準備が続けられてきているようですので、きっと質の高いコンサートになることでしょう。ジョイフルクワイヤも与えられている8分間の中で、イエス様によって救われた喜び、信仰に基づく「確かな希望」を証させていただきましょう。きっと、私たちの讃美する姿を通して、聖霊が聴かれる人たちの心に、大切なメッセージを語りかけてくださるにちがいありません。
 国連の警告によれば、12月までには、エボラ出血熱の週感染者数が一万人に達する恐れがあるとのことです。特効薬もなく、感染力の強いこの伝染病を、どう封じ込めたらよいのでしょうか。イエス様は、「求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。」(マタイ7-7)と、天の神のあわれみを祈り求めることの大切さを教えられました。医療関係者も不眠不休で闘っておられます。対岸の火事と思わずに、私たちも「祈りの後方支援」によって、この手ごわい伝染病との闘いに参戦させていただきましょう。
 多国籍軍の空爆にもかかわらず、極端な宗教戒律を強要する「イスラム国」なる者たちの爆弾テロが多発しています。こうして、ますますお互いに対する憎悪が増し、一般民衆の苦難が度を増していくのでしょう。聖書はこうした時代の人々の姿を、「彼らは、その知性において暗くなり、彼らのうちにある無知と、かたくなな心とのゆえに、神のいのちから遠く離れています。」(エペソ4-18)と表現しています。
 今、私たちは来週の特別講話「揺るがない人生の土台」の案内を配布しています。一人でも多くの方が、置かれている世界の状況の危うさに気づき、聖書が伝えるイエス・キリストの救いのメッセージに耳を傾けることができるよう祈りましょう。

 


無題 | 21:40:02 | トラックバック(0) | コメント(0)
LEDでも照らせない「心のやみ」を解決する光とは?
私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。(第一ヨハネ4章10節)
 
 先日、秋晴れの昼下がり、健康福祉館で「秋の歌プレゼント」をさせていただきました。今回はおなじみの秋の名曲の歌詞を用意し、フロアの皆さんにも口ずさんでいただきました。次はクリスマスイブの予定です。出かけて行って、多くの人たちと共に、喜びを分かち合いましょう。
 さて、日本にとって嬉しいニュースが飛び込んできました。環境に優しく、光度の高いLEDライトの発明者、三人の日本人科学者に、ノーベル物理学賞が授与されることが発表されました。既に、この技術は日常必需品の中にも広く応用され、私たちの生活を明るく照らしていてくれます。私たち日本人の中から、このような偉大な研究者が育っているとは、実に嬉しいことです。

 しかし、一方では、やみの中で苦しんでいる人たちも多くあります。この「やみ」はLEDライトでは解決できない、人間の心の歪み、罪に起因しています。聖書は、「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず」(ローマ3-23)と、闇にさまよう人間の姿を表現しています。孤独、争い、裏切り、犯罪などに発展しかねない、この心の歪み「罪」から、人は、どのようにして救われることができるのでしょうか。

 イエス様は、「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」(ヨハネ8-12)と語られました。この光はノーベル賞のような栄誉を授かることはありませんでした。それどころか、私たちの罪の身代わりに、十字架の上で罰を受けてくださったのです。しかし、この救い主イエス・キリストを信じる者は、罪の赦しを与えられ、神の祝福の中を歩む「永遠のいのち」(Ⅰヨハネ1-2)を授かります。
 残念ながら、まだ火山の噴火を予報したり、台風の勢力を減じたりすることはできないようです。しかし、人と人の間にあたたかい「愛」が通い合っていたら、人は支え合うことができます。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。」(ヨハネ3-16)この「神の愛」こそが、人々を「やみ」から救うことができるのです。


無題 | 15:43:33 | トラックバック(0) | コメント(0)
噴火災害から学び取るべき奥義は?
だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。(マタイ伝24章44節)
 
 私たちは「歌のプレゼント」の中で「民謡の旅」をし、木曽節を歌うことがありますが、御嶽山が富士に次ぐ高い山で活火山であることを知りませんでした。この度の突然の噴火で被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます。
 名山の頂に立って、紅葉を愛で、至福のときを過ごしていた多くの人たちが、突然の惨劇に見舞われることとなりました。地震の予測が難しいのと同様に、火山活動の予測も難しかったものと思われます。自然の威力は常に人間の想定を超えるものですから、二次災害が起こらぬよう対処していただきたいものです。
 このニュースを聞きながら、イエス様が語られた、「だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。」(マタイ24-44)という御言葉を思い出しました。七年前に噴火していた山なのに、「また起こるかも?」と警戒しつつ 登った人はいなかったのではないでしょうか。「土砂崩れが起こるかも?」と心配しながら、居を構える人も少ないことでしょう。ましてや、イエス様が語られた、「この天地は滅び去ります。」(24-35)という予言を、現実のこととして聴こうとする人は極めてまれです。

 イエス様はノアの時代の人たちを例に、「洪水が来てすべての物をさらってしまうまで、彼らはわからなかったのです。」(24-39)と嘆かれました。私たちも聖書が今の時代に伝えようとしているメッセージをよく聴き取り、その警告を、世に向かって発信していく責任を負っています。
 主イエス様は、「わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。」(ヨハネ15-4)とご自身の「永遠のいのち」に堅く結び着くことを勧めておられます。そこには盤石の安全があるからです。不安なこの時代に生きる人々に、キリストの救いの確かさを証させていただきましょう。


無題 | 16:25:20 | トラックバック(0) | コメント(0)