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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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日本の祝福のためにも、神の助けを祈りましょう!
このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行ないを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。(マタイ伝5章16節)
 
 先週、私たちは国家や自治体の要職にある人たちのために祈るべきことを学びました。これまで、教会や宣教師のために熱心に祈っても、政治や行政のために祈ることはなかったという人も多いかもしれません。しかし、復活されたイエス様が、「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。」(マタイ28-18)と宣言されたように、神の御支配は、あまねく全地に及んでいます。この学びを通して、私たちの祈りの視野が、もう一歩拡がったのではないでしょうか。
 パウロが、「王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。」(Ⅰテモテ2-1)と書き送ったとき、キリスト教会はローマ帝国からの迫害を受けていました。そのような状況の中で、パウロは迫害者のために祈るべきことを求めたのです。それは、なぜだったのでしょうか。
 今、シリアやイラクという国家は存立の危機にあります。人権を侵害するテロ集団が両国にまたがって、「イスラム国」という国家もどきを宣言し、極端なイスラム教の強要を始めています。国家が紛争に明け暮れるようになると、どこにおいても、自由に信仰を貫けないような事態が起こりうるのです。ですから、私たちはここ日本において、クリスチャンとして、「敬虔に、また、威厳をもって、平安で静かな一生を過ご」(2-2)せるように、日本の内政・外交の安定を祈るべきなのです。
 この秋、私たちは小郡と朝倉の二つの音楽祭で、「甘木聖書バプテスト教会ジョイフルクワイヤ」のチーム名で、神を賛美するコーラスをさせていただくことになっています。これは教会の働きが地域で認知されていることの証だと感謝します。しかし、同時に、ステージから下りたとき、私たちが普段の生活の中で、どれだけ主を証できているかが問われることにもなります。
 J姉がある集いに参加したところ、人の「救い」に関する解釈がちがっていることがわかり、その場を退席されたと話してくれました。信仰に関して議論しても、良い結果に至ることは、まれです。それよりは、イエス様が歩まれたように、祈りと愛を実践して生きるときに、人の頑なな心は開かれて、教会に足が向くようになるのではないでしょうか。そのことを期待して、忠実なキリスト者としての歩みを続けてまいりましょう。


無題 | 21:01:24 | トラックバック(0) | コメント(0)
主イエスと共に歩きましょう!
あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。(エペソ書5章8節)
 
 かつては台風一過、青空が広がっていたものですが、今年の場合は前線が垂れ込め続け、とうとう土砂崩れの大災害となってしまいました。広島をはじめ、被災地に速やかな救助の手が伸べられますようお祈り申し上げます。そうした災害のニュースが流れる中、雨を追っ払い、被災者を励ます「真夏の歌プレゼント」をさせていただきました。フロアからの手拍子、掛け声に勢いを得て、「どんな災いにも、めげないぞ」と言わんばかりに、元気印のステージを務めさせていただきました。
 「お疲れ様!」のお茶をいただきながら、戦争の恐ろしさを知らない人たちが増えてきて、心配だ。」という話になりました。私たちには後世に語り伝えていくべき重大事が、いくつかあります。その最たるものが、あのピリピの看守が発した、「先生がた。救われるためには、何をしなければなりませんか。」(使徒16-30)とい問いに対する、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」(31)というパウロの答えです。
 人を貶める詐欺が横行しています。まことしやかに、人をだますのです。主イエスを信じることは、本当に、人を救うのでしょうか。それはやはり、「救われた!」と証言しているクリスチャンたちの生き方から判断するしかないでしょう。「あの人たちは、確かに神と共に歩んでいる!」と見えるときに、人は、「私も信じたい!」という気持ちになるのでしょう。
 先週開かれたキャンプの講師ホワイト先生は11歳でイエス様を信じ、12歳で宣教師の道を選び、結婚相手を決め、そのとおりに60年間、歩んでこられたそうです。そして、今なお、世界中でイエス様の救いを証しし続けています。自然に表現される優しさ、心遣いの中に、「イエス様が生きておられる」ことを見ることができました。
 私たちは先生のような「キリスト一筋」の人生ではなく、失敗、挫折を繰り返してきたかもしれません。だからこそ、せめて残された人生、主と共に歩み、何かイエス様のお役に立って、天国へ移していただきたいものです。キャンプで覚えた「主イエスと共に歩きましょう。どこまでも。」と歌いつつ、主の備えたもう御国へと進んでまいりましょう。


無題 | 17:11:13 | トラックバック(0) | コメント(0)
災害や疫病は何を警告しているのでしょうか?
わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。(ヨハネ伝14章3節)
 台風11号の通り道になった地方の皆さんには、さぞかし恐ろしい思いをされたことでしょうし、甚大な被害も報告されています。そうした方々に、速やかな援助の手が差し伸べられ、一日も早く、通常の生活が回復されますよう、心よりお祈り申し上げます。それにしても、特別警報まで出され、何十万人という人々に避難指示が出されたことを思えば、「主は、すべてのわざわいから、あなたを守り、あなたのいのちを守られる。」(詩篇121篇7節)と声を大にして、神のあわれみを感謝すべきと思います。
 台風は数日で通り過ぎて行きましたが、感染が広がり続け、終息の兆しが見えないのが、西アフリカのエボラ出血熱です。有効な薬もないということで、医療関係者にも犠牲者が出る事態となっています。これまでにもペスト、結核、新型インフルエンザなど、恐るべき疫病の流行がありましたが、神の守りと、多くの医療関係者の御努力により、それらは終息してきました。このエボラに関しても、パニックに陥ることなく、当事国に有効な防疫体制が整えられていくよう、神の助けを祈り続けましょう。
 こうした自然災害の多発や、疫病の流行は、私たちに何を警告しているのでしょうか。まず、思い浮かぶのは、「主は、地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧になった。」(創世6-5)という、ノアの時代のことです。一つ一つの悪事の例を上げるまでもなく、この御言葉は、そのまま今の時代にも当てはまります。ノアたち家族は箱舟に逃れて、洪水の難を免れ、新しい時代の相続者となりましたが、今の私たちのために備えられている救いの箱舟は、「わたしのところに来る者を、わたしは決して捨てません。」(ヨハネ6-37)と語られた救い主イエス・キリスト様です。
 イエス様は、「あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。」(ヨハネ14-2)と約束しておられます。果たして、その「天の御国」とは、どんなところなのでしょうか。今回、九州の合同夏季聖会に参加された人たちは、それが、どのような祝福の場であるかを覗き見ることができました。罪の生活から救い出された人たちが共に集い、挨拶を交わし合い、主イエス様を誉め讃えるところ、そこが「天の御国」です。一人でも多くの人たちが、この約束の御国」に入れますよう、イエス様の救いを証してまいりましょう。


無題 | 16:52:41 | トラックバック(0) | コメント(0)
人生の「良い実」を結ぶ秘訣は?
機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。(エペソ書5章16節)
 
 この地に暮らす恵みの一つが、ばさら(豊富)な果物でしょう。中でも、私は田主丸町の巨峰のファンです。今年も、心にかかる人たちに「励ましパワー」を送りたいと、なじみのブドウ園に立ち寄りました。その日も、ひどい降りで、園の女主人が、「この時期に、こんなに雨が続くと、病気が入るんですよ。」と心配そうでした。また、ニュースの台風情報も大変気にしておられました。
 ブドウ農家の喜びと苦労話を聞かせてもらいながら、新種を賞味しているうちに、私が救いに与った教会におられたブドウ農家御一家のことを思い起こしました。ある日曜礼拝の後、皆で愛餐したことがあり、その席で、その御主人が聖書を開かれ、「わたしはまことのぶどうの木であり、わたしの父は農夫です。」((ヨハネ15-1)というイエス様のたとえ話から、救われた喜びを証してくれたのです。朴訥な話し方でしたが、「イエス様が、自分の仕事をたとえ話に使ってくださった!」という喜びがにじみ出ていて、信仰を持ったばかりの私にとって、忘れられない証しとなりました。
 一家族、一家族のことを想い、メッセージカードを添えて送りました。中には高齢の方、病と闘っている方々もおられます。また、育ち盛りの子どもたちも。今年も恒例の「夏の励ましギフト」ができて、「イエスご自身が、『受けるよりも与えるほうが幸いである。』と言われた」(使徒20-35)という御言葉を実感させていただきました。
 今の時代、「危険ドラッグ」と書かれていても、それを吸わずにおれないような、心の虚しさを抱えた人たちが増えています。また、そういう人たちを餌食にして、甘い汁を吸おうとする悪も後を絶ちません。イエス様は、「わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。」(ヨハネ15-4)と招き、「いのちに至る門」(マタイ7-14)を指し示しておられます。
 先日「歌のプレゼント」にうかがった施設の方が、「いつも、穏やかな気持ちにさせられますよね。」と私たちを紹介してくれました。「ああ、イエス様の平安が証されていたんだ!」とわかって、とても嬉しかったです。酒もドラッグも必要としない、聖霊の実としての「深い平安」というものがあることを、多くの人々に証してまいりましょう。


無題 | 20:58:12 | トラックバック(0) | コメント(0)
悪しき時代、今、何をすべきでしょうか?
ペテロは、このほかにも多くのことばをもって、あかしをし、「この曲がった時代から救われなさい。」と言って彼らに勧めた。(使徒2章40節)
 
 イエス様の福音の証言に立った使徒たちが迫害を受けたとき、使徒の一人ピリポがエルサレムから下って行った地、それが今しばしばニュースで耳にするパレスチナのガザでした。当時も、「(このガザは今、荒れ果てている。)」(使徒8-26)と表現されるような地でしたが、今は更なる惨状の地と化しています。イスラム過激派「ハマス」へのイスラエル軍の爆撃によって千人もの民間人が殺害された上、唯一の発電所までが破壊されるというような、末世的状況が報じられています。

 ピリポはこのガザへの道でエチオピアの役人に出会い、イザヤ書の御言葉から、彼をキリストの救いへと導きました。キリスト信仰に基づくバプテスマが施された記念碑的な地が、人間の罪・憎しみ・暴力の連鎖を断ち切れず、とうとう壊滅の危機に瀕しているのです。
 パレスチナの紛争だけではありません。内戦状態のような国も増えています。ここ日本でさえ、「いのちの尊厳」が見失われつつあるような事件も起こっています。二千年前、イエス様が示された、「兄弟に向かって腹を立てる者は、だれでもさばきを受けなければなりません。兄弟に向かって『能なし。』と言うような者は、最高議会に引き渡されます。また、『ばか者。』と言うような者は燃えるゲヘナに投げ込まれます。」(マタイ5-22)という、高い倫理を声を大にして叫びたいです。

 とは言え、かつては私たちの心の中にも、似たような勝手で、わがままな「罪」の思いがうごめいていて、いつ爆発してもおかしくないような状態にありました。しかし、イエス様を信じることによって、私たちは神を誉め讃える者へと変えられたのです。パウロが告白しているように、「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」(Ⅱコリント5-17)という、新しい創造の軌跡を体験させていただきました。
 どんなに悪しき時代になっても、イエス様の十字架の愛から「永遠のいのち」の泉が湧き出ています。人の魂を滅びから「いのち」へと救い出してくださる力に変わりはありません。このすばらしい「救いの道」を、多くの人々に証してまいりましょう。


無題 | 16:52:59 | トラックバック(0) | コメント(0)