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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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神の助けを求めて、大いに祈りましょう!
すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。(エペソ書6章18節)
 69回目の沖縄終戦記念式典で石垣島の小学三年生、増田君が朗読した「空は繋がっている」という自作の詩が心に残りました。「青々と広がる石垣の空、でも、遠くの空の下では、いまでも戦争をしている国があるんだって」と、戦火の下にある人たちを案じ、「どうしたら、戦争のない、どこまでも続く青い空になれるのかなあ。」と想いを巡らせていました。
 その詩の中で、10歳にも満たない増田君が、「今は子どもの僕、祈ることしかできない。」という表現をしていたことに驚きました。「どうか、世界中の子どもたちが学校へ行けますように。ニコニコ笑って、家族で御飯が食べられますように。」いつか友達になれますように。」と毎日祈っているようなのです。
 私はイエス様が語られた、「『あなたは幼子と乳飲み子たちの口に賛美を用意された。』とあるのを、あなたがたは読まなかったのですか。」(マタイ21-16)という御言葉を思い出しました。争い事が拡大しつつあるこの世界を滅びの道から救うのは、神の平和を希求する、素直な祈りだと確信します。
 「祈ることしかできない」のが無力なのではありません。誠の神に祈ることを知らないことが問題なのです。人は成長すれば、「祈る愚かさから解放される。」などと錯覚することこそ、ひとを堕落させるのです。
 先週、私たちは、「みことばを実行する人になりなさい。」(ヤコブ1-22)という聖句を暗唱しました。祈りも同様です。イエス様が教えてくださったように、「御国が来ますように。」(マタイ6-10)と祈り続けるのです。いかに知識を蓄えても、神に祈ることを止めては、平和は達成されません。
 まもなく、今年も上半期を終え、後半へと入っていきます。私たちの身近に、そして、世界のいたるところに、主イエス様を信じる人たちが起こされるよう祈り、働きを続けてまいりましょう。


無題 | 15:16:38 | トラックバック(0) | コメント(0)
平和を作り出すために、私は何をしたらよいでしょうか。
悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。(ローマ書12章21節)

 今、「集団的自衛」を認めるか否かが論じられています。子どもの頃、家に鍵を掛けた覚えはないのですが、何事もなく暮らしていたようです。今はといえば、鍵も何重にもするようになっています。そうしていても、どこかで空き巣が入ったなどと聞くことがあります。国レベルの安全確保でも、必要以上に警護しておかないと、どうなるかわからないような状況が起こっているという判断なのでしょう。事実、イラクなどにおいては、テロリストが国を乗っ取りかねない状況です。このような悪の蔓延る時代に、私たちは、どう処していくべきでしょうか。
 先週、私たちはイエス様が教えてくださった「祈りの手本」について学びました。まず主は、「天にいます私たちの父よ。」と呼びかけるよう教えられました。「私たちの」ということは、一人ではないということです。祈りには仲間があり、友がいるということです。「その数は?」無限大ということです。イエス様の十字架の赦しをいただいた者たちが増えていき、「みこころが天で行なわれるように地でも行なわれますように。」と祈りを唱和していくならば、争いは食い止められ、蒔かれた平和の種が、豊かに身を結んでいくことでしょう。
 「でも、宗教の対立が争いの基になっていることが多いじゃないですか?」という声が聞こえてきそうです。そのとおりです。バアルの予言者たちが雄たけびを上げる中、エリヤは膝まづいて真の神に祈りを捧げたし、イエス様は偽宗教家たちに向かって、「あなたがたは、人々から天の御国をさえぎっているのです。」(マタイ23-13)と、彼らの堕落を断罪しました。宗教論争などしている暇はありませんが、聖書が伝える真の神は、常に証されていかなければなりません。
 内戦状態のような国が増えている中、「まだまだ日本は、治安がいいですよ」などと言っていていいでしょうか。イエス様は、「あなたがたの光を人々の前で輝かせ、」(マタイ5-16)と、クリスチャンたちが今、その使命を果たすべきことを教えています。
 世界に争いが満ちていて、日本だけが平和であることはありません。世が罪に満ちていて、自分たちだけが幸せでいることはできません。イエス様が失われた人々のために祈り、労され、ついには、いのちをまで与えてくださったように、私たちも主イエス様が与えてくださる「永遠のいのち」の救いを証してまいりましょう。


無題 | 15:16:08 | トラックバック(0) | コメント(0)
祈りの方法を知ることは、人生の力です!
だから、こう祈りなさい。「天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。御国が来ますように。みこころが天で行なわれるように地でも行なわれますように。」
(マタイ伝6章9、10節)
 先日、健康福祉館で「初夏の歌プレゼント」をさせていただきました。合唱仲間だったBさんも聴きにきてくださり、「楽しかった!」と言ってくれました。そのうち、歌う側に加わってくれるかもしれません。梅雨時のうっとうしさを吹き払うかのような、爽やかコンサートでした。皆さん、また八月にお会いしましょう!
 さて、きょうは「父の日」です。この祝日の起こりと思われる集いは1910年6月19日に、ワシントン州スポケーンの教会で行われた感謝礼拝でした。南北戦争によって、家族が翻弄される中、男手一つで子どもたちを育て上げてくれた父に感謝して、娘ソノラさんが牧師に願って、感謝の礼拝を催したことが始まりとのことです。以来100年余、父親の苦労を顧みるこの祝日も、次第に社会に浸透しつつあるようです。

 イエス様は弟子たちに、「天にいます私たちの父よ。」と祈るよう教えられました。イエス様を信じ、罪赦された私たちにとって、神様は「お父さん!」と呼びかけて、あまえることのできるお方です。ですから、父の日に、まずすべきは「天のお父様」への感謝の礼拝です。
 この父の日、「イエス様、私に『天にいます父なる神様』が、どういうお方であるかを教えてくださって、ありがとうございます!」という気持ちにさせられます。それがなければ、私にとって「父」という文字は、息子の名前の一文字として選ぶほどのものではなかったことでしょう。

 真の神を知らずが故に、生きる意味を見い出せずにいる多くの人たちが、主イエス様を信じ、天に「お父様!」と呼びかけることのできる、偉大な神を知ることができるよう祈りましょう。そのことによって、世の中の多くの難問は、大きく解決に向かうであろうと信じます。


無題 | 15:44:24 | トラックバック(0) | コメント(0)
心が一新されれば、言葉が、行動が変わります!
キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。(コロサイ書3章16節)
 
 平日に教会を訪ねてくださったフィリピン人のA姉が、礼拝にも集われました。近くの施設で介護師として働かれるそうです。お友達に聖書をプレゼントしたいとのことでしたので、注文させてもらいました。どこへ導かれても、そこで主イエス様を礼拝しようとする姿勢に、信仰の確かさを感じました。しかしながら、日本の介護現場に適応していくには、多くの努力と忍耐を要することだろうと想像します。教会に連なることによって、力を得て働いていけるよう祈りましょう。
 先週、私たちは「言葉遣い」について学びました。神様が人間に言葉を授けられたとき、どのような使い方を期待されたかについても考えてみました。神を誉め讃えるため、祈るため、聖書を読むため、人を励ますためなどが上げられました。しかし、果たして、どれだけの人が、このような目的のために言葉を用いているでしょうか。むしろ逆に、神に逆らう言葉を語ったり、嘘をついたり、人を中傷したりに言葉を悪用、誤用していることも多いのではないでしょうか。
 どうしたら、私たちは本来の言葉遣いを取り戻せるのでしょうか。そのためには、神の恵みによって、心が一新されなければなりません。聖書は、「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」(Ⅱコリント5-17)と教えています。イエス様を信じ、罪赦されるとき、人の心は確かに生まれ変わり、神を讃える歌が、祈りが、その人の口から出てくるようになります。
 私は学生時代に前歯を損傷したことがあり、挿し歯にしていたのですが、年月を経て変色していたので、気になっていました。ところが、この度、甘木の歯医者さんが新しい挿し歯に換えてくれました。思いがけない美容効果に感謝しています。良きものに一新されることは、すばらしい贈り物です。
 イエス様は、「あなたがたが、神が遣わした者を信じること、それが神のわざです。」ヨハネ6-29)と語られました。素直な心で主イエス様を信じ、神がくださる「罪の赦しと永遠のいのち」をいただいて、祝福の人生を再スタートしてまいりましょう。


無題 | 18:02:45 | トラックバック(0) | コメント(0)