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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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嬉しい訪問者たちに励まされました!

なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。それこそ、人の子があなたがたに与えるものです。(ヨハネ6章27節)
 
 今回、九州で伝道実習された神学生たちが、二度教会を訪ねてくださり、嬉しい交わりをいただきました。祈祷会に集ってくださった4名からは救いと献身の証を聴くことができ、今もなお、主イエス様が一人一人を招き、導いておられる事実を目の当たりにして、大いに御名を崇めました。
 K兄、M兄は共に社会人生活を経ての献身であり、私が辿った道とも重なって、身近に感じました。主が良き働きの場を備えておられることでしょう。福島出身のT姉は歌手活動に入ろうとした矢先の震災経験の中で、神学校へと導かれたそうです。神学校での学びを通して、どんな器に成長されるか、楽しみです。M姉は宣教師の娘さんで、誰のそばにでもソッと寄り添って、しっかり魂を支えてあげる伝道者になりそうです。
 大分からの帰途には石川校長先生、K執事(運転奉仕)をはじめ、N姉(静岡)、A兄(滝山)、K兄(検見川)、N姉(佐倉)、S姉(若葉)の5名の神学生たちが立ち寄ってくださり、手話付きの讃美を聴かせてくれました。時間が限られていたので、お一人一人の詳しい証を聴くことはできませんでしたが、集った3名の婦人たちと共に、心温まる主にある交わりを楽しませていただきました。
 皆さんを見送った後、爽やかな宣教の風が心に残りました。共に神学生時代を過ごした石川先生が甘木の会堂に立って祈ってくださったことも、私にとって大きな励ましになりました。今回の来訪によって、教会の皆さんにとっても、神学校が身近になったのではないでしょうか。
 イエス様は宣教に召した者たちに、「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。」(ヨハネ15-16)と告げられました。そして、今もなお、神の御意志を伝える人たちを起こし、訓練し、遣わしておられます。この地でも、「永遠のいのち」の救いに与る人が起こされるよう祈り、喜んで主を証し続けましょう。


無題 | 17:59:44 | トラックバック(0) | コメント(0)
良い子たちを育てるために聖書は有益です!
麗しさはいつわり。美しさはむなしい。しかし、主を恐れる女はほめたたえられる。(箴言31章30節)
 
 先の「母の日感謝の集い」には多くの方々が集い合い、会堂に響く讃美の歌が、ひときわ喜ばしく聞こえました。一年に一度しか歌う機会のない「「こは亡き母の愛したまいし、神のことば聖書なり」の聖歌を歌いながら、「なんと美しい歌詞だろう!」と考えていました。「みふみ(御文)、みふみ(美文)、我が母の読みし御文」とあるように、その御家庭には、きっと代々、神の御言葉が読み継がれていったのでしょう。

 若き牧師テモテに宛てた手紙の中で、パウロは、私はあなたの純粋な信仰を思い起こしています。そのような信仰は、最初あなたの祖母ロイスと、あなたの母ユニケのうちに宿ったものですが、それがあなたのうちにも宿っていることを、私は確信しています。」(Ⅱテモテ1-5)と書き送っています。テモテという有望な青年牧師は、どのようにして育ったのでしょうか。その資質が、女性の信仰者の指導の下に培われていったものであることに注目すべきです。
 高校生は今週、中間試験だそうですが、覚えなければならない量が半端でないようです。しかし、聖書ははっきりと、「主を恐れることは知識の初めである。」(箴言1-7)、あるいは、「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。」(マタイ6-33)と教えています。どれもこれも、役に立つ知識に相違ありませんが、人の中心に、神の目を恐れる「真実な信仰を育てることこそ肝要です。
 アンナ・ジャービスさんがお母さんの召天一周年に、教会の皆さんにカーネーションをプレゼントしたことが、今日の母の日の起源ですが、果たして、アンナさんが伝えたかった真意は何だったのでしょうか。それは幼いときから、聖書の教えをもって訓育してくれた、母への感謝だったはずです。
 私たちもテモテの祖母ロイス、母ユニケ、そして、アンナさんのお母さんのように、後世に、純粋なキリスト信仰を継承させていただきましょう。母の日に集い合った一人一人の心に、主イエス様への信仰が芽生えますように!


無題 | 15:04:16 | トラックバック(0) | コメント(0)
「母の日」にお伝えしたいメッセージです!
「あなたの父と母を喜ばせ、あなたを産んだ母を楽しませよ。(箴言23-25)
 
 この「母の日」の週報を書こうとしたとき、私の脳裏に浮かんできたのは、あのフェリー遭難で犠牲となった300名の韓国人高校生たちのお母さんたちが号泣する姿でした。残念ながら、それ以外のお母さんたちのことが頭に浮かばなかったのです。
 あの東日本震災の際、津波警報をし続け、殉職して逝かれた女性職員がおられましたが、あの方のお母さんは、娘さんの毅然とした行動を生涯、誇りとして生きていくことができるでしょう。しかし、今回の事故は人命を軽視し、金儲けを追求した船会社のずさんな経営の犠牲になったものであることが明らかになりつつあります。そうであれば、お母さんたちの中に燃え盛る怒りの炎を静めるすべがないでしょう。

 そんな中、まさに水に飲まれようとしていた一人の高校生が、「パパ、ママ、愛してる!」というメッセージを発信していたというニュースを耳にしました。私は、この事実の中に、一条の光を見たように感じました。まさに水に飲まれようとする瀬戸際で、すべての遭難者が伝えようとした最後のメッセージは、「ママ、愛してる!」だったろうと思えたからです。
 あのメッセージは、この母の日に、花束に添えて、お母さんたちに捧げられるはずだったにちがいありません。いや、今日捧げられているのです。また、これからも、毎日捧げ続けられていくのです。

 ヨブは人の命について、「主は与え、主は取られる。」((1-21)と述懐しています。では、なぜ、あのように有望な若者たちを犠牲にし、母親たちを絶望のどん底に突き落とすような悲劇が起こらなければならなかったのでしょうか。それは一つには、人の罪に気づかせるためです。「罪から来る報酬は死です。」(ローマ6-30)とあるように、神に背を向けて侵し続けられている罪が、どれほど悲惨な結果を招くかに気づかせるためです。
 しかし、その後に、「神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」という素晴らしい救いの約束が続いています。この母の日、多くの人々が罪を悔い改め、主イエス様の十字架を仰ぎ見る、「救いの日」となるよう祈りましょう。


無題 | 16:59:34 | トラックバック(0) | コメント(0)