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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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肯定的な見方が祝福に導く!
さあ、主に向かって、喜び歌おう。われらの救いの岩に向かって、喜び叫ぼう。(詩篇95篇1節)
 
 先週末、大野城市福祉センターを会場に、視覚障害者会主催の音楽会が開かれ、ジョイフルクワイヤが讃美コーラスをさせていただきました。市民音楽祭への賛歌、健康福祉館での「歌のプレゼント」に次ぐ、第三の音楽による証の機会でした。視覚障害者とガイドの方々、合わせて70名ほどが集っておられ、皆さん、新鮮な感動をもって聴いておられたように感じました。
 あの驚いたような反応の様子からみて、多くの人たちにとって、生で歌われる讃美歌を聴いたのは初めてだったのかもしれません。幾多の辛苦を経験してきた方々の心に、私たちの讃美を通して、神様が何かを語りかけてくださったことでしょう。また、次の機会が備えられることを期待しましょう。

 先の学びで、私たちは人の言葉が、どれほど大きな影響を与えるかについて学びました。モーセに遣わされて約束の地カナンの状態を見てきた偵察隊のうち10人は、「進むべきではない!」と報告しました。その悲観的な情報によって、民は、すっかり勇気を失ってしまいました。

 一方、同じ土地を見てきたヨシュアとカレブは、「私たちが巡り歩いて探った地は、すばらしく良い地だった。あの地には、乳と蜜とが流れている。」(民数14-7)と、全く逆の、肯定的な報告をしたのです。どうして、同じ地を調査したにもかかわらず、それほど受け止め方がちがったのでしょうか。
 それは、彼ら二人には、「主が私たちとともにおられるのだ。彼らを恐れてはならない。」(14-9)という、主の導きへの揺るぎない信仰があったからです。パウロも、「神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう」(ローマ8-31)と、神の導きの中に歩む人生の幸を証しています。

 私たちも時折、気持ちをくじかれるような悲観的な言葉を耳にすることがあります。そんなとき、イエス様が私たちに語りかけておられる、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない。」(マタイ14-27)という御言葉を思い起こしましょう。主はどんなときにも、私たちにとって、傍らにおられる「救いの岩」なのですから。


無題 | 17:36:35 | トラックバック(0) | コメント(0)
ある夫婦の子育て、何がまちがっていたのでしょうか?
そのようにして神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ。それは非常によかった。
(創世記1章31節)
 先日、健康福祉館で、今年最初の「歌のプレゼント」をさせていただきました。入館したときには、「ちょっと入りが少ないかなあ」と思いましたが、ステージに立ってみると、そうでもなく、多くの皆さんに聴いていただくことができました。「寒い冬、希望を持って春を待つ!」といった内容の歌が多かったので、皆さんに明るい気持ちになっていただけたのではないでしょうか。手拍子の他にも、男性の声援もあったりで、心の通いを感じるコンサートでした。今度は四月、桜の咲く頃に、また、楽しさいっぱいの音楽の贈り物をさせていただきましょう。

 先週、私たちはイサク・リベカ夫妻の子育て、家庭教育を通して、「人を正しく評価する」ということについて学びました。聖書には良いことだけが書かれていると思いきや、悪例もあります。その一つが、このご夫婦の子育てです。どこに問題があったかといえば、両親が、それぞれに子どもたちを偏愛したということです。その結果は兄弟の不仲であり、家庭の崩壊でした。

 誰かを偏愛するときには、もう一方に対する不満があります。誰かと比較することによって、誰かを攻撃するのです。このやり方は、何の良い結果ももたらしません。
 それはまた、自分自身の評価についても言えることです。人と比較して、自分の劣ったところだけを見ていれば、劣等感だけが強くなって、ひがんだ正確になってしまいます。逆に、勝ち誇って、人を見下げるようになれば、鼻持ちならない「うぬぼれ者」になってしまいます。

 どうしたら、このような歪んだ見方をせずに、それぞれの人の個性や美点を認めて、皆の成長に繋げていけるでしょうか。その答えの一つが、「すべての事について、感謝しなさい。」(Ⅰテサロニケ5-18)という御言葉にあります。
 道端の雑草に咲く花にも、よく見れば、驚くほどの造形美があるものです。その花を豪華なバラと比較して何になるでしょうか。比較の愚をやめて、その名もなき花の清楚さを愛でてやればよいのです。
 そして、すべての人が真の神を知ることができるように、救い主イエス様について話してあげましょう。イエス様を信じる人は新しく生まれ変わり、多くの良き実を結ぶ者へと、日々、造り変えていただけるのです。


無題 | 16:05:49 | トラックバック(0) | コメント(0)
死を超える「永遠のいのち」の希望!
しかし、神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。(第一コリント15章57節)
 
 先日、地上の務めを終えて、天に召されたTK兄のお父様からいただいたお手紙の一節、「彼は2歳のときから、文字どおり、私たち視覚障害者両親の目となり、脚となり、世話をしてくれました。4歳のときから、私を東京の施設まで手引きしてくれましたし、24年前に聖地イスラエル旅行のガイドをしてくれました。」という一節が深く心に残りました。人は、既に2歳から、人を助ける能力があるんですね。4歳でも、電車を乗り継いで、視覚障害を持つお父さんのガイドができるんですね。このことは、広く知っていただきたいことだと思わされました。

 盲導犬や介助犬を要請することも有益なことでしょう。しかし、あまりにも人間に備わっている能力が眠ったまま、活用されずにいるのではないでしょうか。イエス様は、おびただしい空腹の人々にどのような方法で食物を与えられたでしょうか。少年が持っていた、わずか五つのパンと二匹の魚が、イエス様に捧げられたとき、それは五千以上の人々の空腹を満たして余りあるものへと大きくその価値を増したのです。

 そのお手紙の終わりには、「私たちも遠からず天国で彼と、主の御前で再会できる希望を持っていますので、絶望的な悲しみのないことを感謝いたしております。」とも書かれていました。確かに、「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」(ヨハネ11-25)と主イエス様は約束しておられます。
 死は誰にでも訪れます。そして、その別離の悲しみは深いのです。しかし、イエス様が与える希望は、私たちの目を天国での再会の喜びへと向けてくれます。そのときがきて、途方に暮れることのないように、今、しっかりと救い主を心の王座に迎えて、死の問題に勝利宣言させていただきましょう。


無題 | 15:56:52 | トラックバック(0) | コメント(0)
有益な働き人に成長しましょう!
 それぞれが賜物を受けているのですから、神のさまざまな恵みの良い管理者として、その賜物を用いて、互いに仕え合いなさい。第一ペテロ4章10節)
 
 年末のクリスマスの会食中に、「来年は、クリスマスコンサート」をしたいですね。」という提案がありました。今、私たちが会場を借り、独自のコンサートをできるとは思えませんでしたが、何かジョイントできるイベントがあればと願いました。それから数日後、その話し合いが聞かれていたかのように、「双葉会」という中途失明者の会から、音楽発表会へのお誘いがありました。さっそく問い合わせてみると、「参加大歓迎!」とのこと、「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。」(ピリピ2-13)という御言葉が思い出され、すべての背後にあって、事を最善に導いていてくださる主イエス様を讃美しました。

 当日は、多彩なプログラムが用意されているようです。将来はお客様を呼ぶことのできるようなコンサートに育てていく夢を抱いて、私たちも今回の発表会の成功に協力させていただきましょう。
 先週、私たちはマルタとマリヤの姉妹を通して、私たちの個性は信仰の訓育を受ける中で調整され、主の栄光を現す者へと造り変えられていくことを学びました。マリヤは内気な性格でしたが、男性の弟子たちに交じって、イエス様の説教に熱心に耳を傾けた人でした。その結果、マリヤの純粋な信仰は、主によって高く評価されるものへと育ちました。

 一方、マルタは気配りの行き届いた、もてなし上手な働き者でした。しかし、彼女はそればかりでなく、イエス様に向かって、「主よ。私は、あなたが世に来られる神の子キリストである、と信じております。」(ヨハネ11-27)と、ペテロと同じ信仰告白のできる信徒に成長しました。

 私たちもまた、生まれながらに異なった個性を授かっています。しかし、その個性派原石のようなもので、そのままではごつごつしすぎて、大事なものを損ないかねません。ですから、主は御言葉の学びや祈りの訓練を通して、日々、私たちを有益な者へと造り変えていてくださいます。今月も主イエス様に栄光を帰すことを願いつつ歩ませていただきましょう


無題 | 19:19:17 | トラックバック(0) | コメント(0)