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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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苦難の向こうに、将来の栄光を見る!
あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。(第一ペテロ5章10節)

 二年前の東日本震災の被災者の皆さんに、何か励ましを届けたいという思いから、「今週も祈っていますよ!」といった挨拶と、聖歌隊の賛美を録音したものを、教会のホームページから流してきました。そろそろ、何か変化をと思い、暗唱聖句からの短いメッセージや、教会の週の予定などが聞けるようにしてみました。インターネットのような便利なシステムが悪用されるケースが急増しているとは、実に残念なことです。イエス様の救いをお伝えするための「神のメディア」としてこそ、大いに活用させていただきましょう。
 パウロは宣教師としての経験から、「聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。」(ローマ10-14)と告げています。今の時代、多様な情報が洪水のように溢れ出ていて、大事な神の御言葉が覆い隠されてしまっているかのようです。そのような時代の中、主が私たちのホームページをお用いになり、救いを求める人々を、教会へと招いてくださるよう祈っています。
 パウロはまた、ローマ書において、「今の時のいろいろの苦しみ」(8-18)という表現をしていますが、何かホッとします。それは、私たちもまた、いろいろなことで苦悩する者だからです。同じ痛みを経験している者同士は、ただ目を合わせるだけで、互いの気持ちがわかるものです。この表現を見つけて、パウロにグッと親しみを感じました。
 私たちは自らの健康不安、家族間の問題、仕事上の悩みなどを、常に抱えつつ暮らしています。もし、それらの悩みだけで心がいっぱいであったなら、さぞかし鬱々とした毎日になってしまうことでしょう。しかし、パウロは現実の苦難の向こうに、「将来の栄光「を見て、心踊ることのできる、信仰の人でした。その信仰故に、パウロは、「患難さえも喜んでいます。」(ローマ5-3)とまで言うことができたのです。
 ペテロもまた、私たちがこの地上で経験する苦難が、「しばらくの苦しみ」にすぎないことを証しています。そのことを知ると、今直面している課題に立ち向かう勇気が湧いてきます。「永遠の祝福」をいただいている私たちが、どうして、「しばらくの苦しみ」を耐えられないようなことがあるでしょうか。私たちを救うため、十字架の苦しみを耐えてくださった主イエス様に目を注いで、残された地上の闘いを、しっかりと歩んでまいりましょう。


無題 | 15:37:19 | トラックバック(0) | コメント(0)
この物騒な時代に、どう生きるべきでしょうか?
平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです。(マタイ伝5章9節)

 先日、穏やかな早春の午後、健康福祉館で、今年最初の「歌のプレゼント」をさせていただきました。今回は、まもなく、あの大震災から二年ということもあって、北国を舞台に生まれた、早春の名曲が多かったような気がします。やはり、豪雪や震災に耐える人たちにとって、春の到来は格別なものなのでしょう。また、お集まりの皆さんに明るい一年を過ごしていただきたいと願い、天に舞い上がるような讃美歌コーラスもお聴きいただきました。包み込むような、あたたかな拍手で応援してくださった皆さん、ありがとうございました!
 
そんな平和な暮らしを脅かすかのようなニュースが流れ、新聞の号外まで配られました。北朝鮮で核実験が決行されたというのです。南には南海トラフの大地震が予報され、北には書くの脅威、これが私たち日本人が置かれている現実です。こうした状況にあることをわきまえて、私たちは、どう生きるべきでしょうか。
 
二千年前、イエス様が弟子たちに語られた、「民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々にききんと地震が起こります。」(マタイ24-7)という御言葉は、このような事態をも指しておられたのでしょう。しかし、イエス様は、「この御国の福音は全世界に宣べ伝えられ」(14)と、御自身の救いの知らせを、まず第一に証すべきことを命じられました。救いの知らせを宣べ伝えるべき畑の中に、あの北朝鮮の人々も含まれていると解すべきではないでしょうか。
 
聖書は、「神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。」(Ⅰテモテ2-4)と伝えています。神はどの民族をも、差別なしに愛しておられるのです。私たちは極めて危険と見える状況下にありますが、イエス様が語られた、「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。」(ヨハネ14-1)という約束に信頼し、神の助けを祈り求めましょう。
 
聖書が私たちに教えている戦法は、「善をもって悪に打ち勝ちなさい。」(ローマ12-21)です。これは、身近な人たちとの関係においても同様です。どこにあっても、「平和をつくる者」(マタイ5-9)として生かしていただきましょう。


無題 | 18:41:11 | トラックバック(0) | コメント(0)
栄光を心に描いて、今の苦しみをランニングしましょう!
隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。(マタイ伝6章6節)

 先日の別府大分マラソンで公務員ランナーの川内選手が、自己記録を20秒も上回る好記録で優勝しました。試合後のインタビューの声が、すがすがしく弾んでいました。聞くところによると、企業のスポーツクラブの誘いを断って、県職員としての仕事を続けながら、世界のトップを目指して走り続けるとのことです。安易な方向に流されず、信念を貫く姿勢は、多くの若者に勇気を与えることでしょう。
 
8時間の勤めを終えたら、相当に疲れもあるでしょう。それから、気持ちを切り替えてランニングに集中するのは、容易なことではないはずです。おそらく、勤めに出る前にも、早朝の練習もするのでしょう。誰にも注目されないところでひたむきに目標を目ざして、来る日も来る日も、このハードな生活を続けてこその栄冠だったにちがいありません。
 
先週、私たちは巨人ゴリアテを倒した、少年ダビデについて学びました。他のそうそうたる兵士たちが恐れをなしたにもかかわらず、ダビデの闘志は微塵も揺るぎませんでした。なぜならば、ダビデは羊飼いの職を通して、神の守りを経験していたからです。彼の中には、「信仰は勝利!」というイメージが、鮮やかに描かれていたのです。
 
どんな勝利も「棚からぼたもち」で得られるものではありません。ダビデは野獣の出没する野原で、任された羊を守るために命がけで闘いました。そうした厳しいトレーニングの末に、彼は初めて、「主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。」(詩篇23-1)と、心の底から主を讃美することができたのです。
 
私たちも日々直面する困難を、信仰者が受ける当然の「訓練と思って」(ヘブル12-7)、感謝して受け入れようではありませんか。まだまだ成長を期待して、トレーニングの機会が与えられているのです。逃げず、怠けず、祈りつつ前進しましょう。
 
私たちの目指す勝利は、華々しい世の賞賛を浴びることではありません。置かれた場で「キリストの愛」(エペソ3-19)を実践して生きることです。今週も、あの人、この人の救いを熱心に祈る、「良いしもべ」(ルカ19-17)として歩ませていただきましょう。


無題 | 15:29:09 | トラックバック(0) | コメント(0)
あの友と出会い、新しい人生を歩み始めました!
十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。
(第一コリント1章18節)

 私の敬愛する信仰の友が、過日、主の身もとへと召されて逝きました。私と彼とは同級生でした。彼が聖書を読む姿を見て、私は教会へ行ってみたいと思うようになりました。そして、やがて、私もイエス様の救いをいただき、一緒にバプテスマを受けました。寮で共に聖書を読み、ワクワクするような喜びの信仰生活をスタートした頃のことを思い出します。
 
今年の年賀状に、めずらしく、お子様がたの様子までが記されていました。主が彼の人生を、どんなに祝してくださったかを証しておきたかったのでしょう。彼は私の他にも、何人かの後輩たちを信仰に導きました。会堂建築の委員長としても奉仕されたと聞いたことがあります。「どうして、こんなに早く?」と思いますが、彼は主が供えられた「走るべき道のりを走り終え」(Ⅱテモテ4-7)、主の身もとへと勝利の凱旋をして行ったのです。若き日に、彼のような良き信仰の友を与えてくださった主に感謝します!
 
イエス様は、「一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。」(ヨハネ12-24)と語られました。確かに農夫が蒔く一粒の麦の種は、何十倍もの実りとなります。イエス様は私たちの罪のために十字架を負い、「父よ。彼らをお赦しください。」(ルカ23-34)と祈ってくださいました。その命がけの御愛が、信じるすべての人に、罪の赦しと「永遠のいのち」(Ⅰヨハネ1-2)をもたらし続けているのです。
 先日のニュースで、iPS細胞の発見者、山中教授に、安部首相が「感謝状を贈った」と報じられていました。難病に苦しむ人々に回復の希望を与えたからでしょう。では、「永遠のいのち」をくださるイエス様の十字架の福音に、私たちは、どれほどの感謝と賛美を贈ればよいでしょうか。
 
 一粒の生命ある麦の種は百倍の実りを産む可能性を持っています。神は、私たちの「からし種」ほどの信仰をも祝し、罪の闇路にさまよう人を救うために用いてくださるのです。この地上に生かされてあるかぎり、この「永遠のいのち」の福音を、多くの人々に証させていただきましょう。


無題 | 14:53:50 | トラックバック(0) | コメント(0)