2011-09-11 Sun
私たちの住まいである地上の幕屋がこわれても、神の下さる建物があることを、私たちは知っています。それは、人の手によらない、天にある永遠の家です。(第二コリント5章1節)
東日本大震災から半年、防災意識が高まっているにもかかわらず、台風12号の通過により、また各地に甚大な被害が起こってしまいました。ある村の村長さんはご家族を失う惨劇に見舞われた中でも対策の先頭に立っておられました。河が氾濫し、濁流が村長さんの家を押し流してしまったのだそうです。避難した施設に大水が押し寄せたところもあったそうです。留まっても、避難しても、避けられないような規模の自然災害が増えています。こうした現実を見据えて、人間はどう生きたらよいのでしょうか。
久しぶりに来会されたH姉が、孫のW君がイエス様を信じ、救われた証をしてくださいました。いきさつは、小一の彼がおばあちゃんの肩を揉んでくれていたので、「天国!天国!」と喜んでいたら、そこから、「どうしたら天国に行けるの?」という話に発展したのだそうです。そこで、イエス様の救いの話をしたところ、「僕、イエス様を信じる!」と言って、救われた喜びを家族に言って回ったそうです。この証を聞いて、イエス様が語られた、「子どもたちをわたしのところに来させなさい。止めてはいけません。神の国は、このような者たちのものです。」(ルカ18-16)という御言葉を実感させられました。
もちろん、これからも治水・防災対策が研究され、実践されて、災害の規模が最小にとどめられていかなければなりません。しかし、私たちは、「愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。」(ルカ12-20)と言われた金持ちのように、大切な備えを欠いた者であってはなりません。これほどにも、予期せぬ災害が多発する中で、神はすべての人が「天にある永遠の家」への切符を確保するよう、繰り返し求めておられます。
この秋、私たちは横田早紀江さんが書かれた「私たちはいつも覚えられている」というトラクトを配布しています。このトラクトは震災被災地の皆さんへのメッセージとして用意されたそうですが、ぜひ、この地の皆さんにも読んでほしいと思い、取り寄せました。突如として娘さんが姿を消してしまうという出来事の渦中で、横田さんは聖書を読むように導かれ、次々に襲い来る災いの中でも、神を信じ続けるヨブの姿を通して、すべてを見守っておられる神のご存在に気づかされたそうです。
突然の災害に遭った人たちは、「なぜ?」を繰り返し、その意味がわからないことによって苦しみ続けます。しかし、聖書は、その背後に隠れている真実の意味を明らかにしてくれます。あるいは、まちがった道を進んでいることに気づいた人は、正しい道へと方向転換もできます。
苦しみ、犠牲なしに救いはありません。実にイエス様は私たちの罪を負って、十字架の苦しみを耐えてくださいました。この御愛によって、私たちは救われるのです。 この確かな救いの道を証してまいりましょう。