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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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一年を回顧し、来年へ夢を拡げましょう!

ハレルヤ。主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。(詩篇106篇1節)

 2008年も年末礼拝をお捧げするときとなりました。まずは、皆が一年間、大過なく礼拝と祈りの歩みを続けて来れたことを感謝しましょう。先週のクリスマスには久しぶりの方々も加えられ、豊かな音楽の捧げ物、皆が参加しての朗読劇、闇の時代にこそ輝きを増すキリストの福音メッセージ、そして、お楽しみのディナー、プレゼント交換と、参加者一同、心もおなかもはちきれんばかり満たされたのではないでしょうか。二千年前、最初に救い主を礼拝した羊飼いたち、シメオンおじいさん、アンナおばあさん、三人の博士たちのように、今、この地にもイエス様のお誕生を感動をもって感謝する仲間がいることは、すばらしいことではありませんか。

 ところで、私たちは、どのような思いでこの年をスタートしたのかと、年頭の週報を読み返してみました。そこには、幸せな一年を過ごすための条件が書かれています。一つは、大切な時間を「無駄なことに浪費しない」ようにと勧められています。教会はイースター、母の日、真夏の涼風、創立記念、クリスマスと、五回のチャペルコンサートを開きました。それに、昨年に続いての連合音楽祭への参加も加わり、「気がついてみれば年末」といったような感で、無駄事に迷っている暇はなかったようです。蒔いた種の実りの方は来年以降に期待することにしましょう。

 二つ目の勧めとして、みことばに親しみ、心に蓄えることが書かれていました。毎週の暗唱聖句、質問付きの聖書の学び、日常に役立つみことばの適用と、さまざまな角度から聖書の学びをしてきました。「学んでも学んでも、ざるのように漏れてしまって。」と言われる方もありますが、確実に皆さんの中にキリスト者としての円さが養われていっているのを散見します。不断のみことばの学びが正しい判断力を養い、愚かな迷い道から、私たちを守ってくれているにちがいありません。

外への働きかけとして始めたホームページヘのアクセスも、年末で三千回に達しました。毎週のメッセージに加え、録音者たちの協力も得て、毎礼拝の聖歌隊の讃美も聴けるようになっています。厚顔無恥に悪質な情報が横行するネットに、「光はやみの中に輝いている。」(ヨハネ1-5)とあるように、神の福音のメッセージを発信し続けましょう。救いの道を求めて、多くの人たちがネット内をさまよっているのを知っているのですから。

 牧師個人は息子の頼父の成長ぶりに、夢を膨らませた一念でした。野球でのめざましい活躍、百人一首での4ヶ月連続の名人、持久走での一位、こどもクリスマス会の開催と、たくさんの感動を味わわせてくれました。彼のエネルギーをイエス様の方に向けられるか否かに、教会の未来がかかっていると言っても過言ではないでしょう。来年に向けて、たくさんの可能性が開けています。私たちも、「弱った手を強め、よろめくひざをしっかりさせ」(イザヤ35-3)、誰ひとり恵みに漏れることのなきよう、新年へと踏み入ってまいりましょう。



無題 | 16:45:13 | トラックバック(0) | コメント(0)
クリスマス、「やみの中に輝いている」お方を知ってください!

きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。(ルカ伝2章11節)

 過日、二学期末恒例の持久走大会が行なわれ、応援に出かけました。二年連続で三位に終わったL君は、「今年こそ一位を!」と決するところがあったようで、公園内の橋の付近でスパート、見事一着でゴールインしました。教頭先生の運転するバイクに先導されてのゴールインは、さぞかし嬉しかったことでしょう。おめでとう!その後、連合音楽祭に出演する四年生の合唱の発表があり、澄み切った三部のハーモニーと、それを支える器楽隊の小気味良い演奏に聞き入ってしまいました。話によると、指導に当たられた先生がたの方が、涙うるうるに感動されたとのことです。すべての行事において、先立って取り仕切っておられる校長先生はじめ、先生がた、本当にありがとうございます!

 午後は保護者会があったため早い下校となり、息子の友達がやってきて、26日の「こどもクリスマス会」の準備をしました。およその方向づけだけはしてやりましたが、あとは彼らが膨らませて、楽しい会に盛り立ててくれることでしょう。キャロルを歌ったり、「世界で最初のクリスマス」の即席劇をしたりもします。祝福をお祈りください。

 ところで、今年を現す一時が「変」に決まったそうです。私は、オバマ次期アメリカ大統領が当選演説で使った「チェンジ」の影響が大きかったのではと良く解釈しています。現実には、暗い時代は過ぎ去るどころか、始まったばかりかもしれません。しかし、クリスマスのキャロルが響くところに、明るい変化への希望があります。二千年前、羊飼いたちが聞いた天子の、「恐れることはありません。」(ルカ2-10)という語りかけを、今の時代の人々も感動をもって聴くことができます。その語りかけには喜びの知らせが伴っていたのです。

 「インマヌエル」(神は私たちとともにおられる)と呼ばれる救い主が、私たちのために生まれてくださったのです。このお方こそ、「暗黒と死の陰にすわる者たちを照らし、われらの足を平和の道に導く。」(ルカ1-79)と予言された、クリスマスの主イエス・キリスト様です。このお方に出会ったすべての人に、すばらしい「変」(change)が起こりました。彼らは置かれた状況のいかんにかかわらず、神を褒め称え、感謝するものへと変えられていったのです。

 「百年に一度」とまで言われるような恐慌の暗雲が世界を覆っています。しかし、そのような中で聴く「やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た。」(イザヤ9-2)というメッセージには、格別な希望の響きが感じられます。救い主による聖なる「変」が、世界中に、そして、この地に住む人々の心に訪れますよう、祈りつつ働かせていただきましょう。



無題 | 16:04:19 | トラックバック(0) | コメント(0)
クリスマスの感動を知ってください!

主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう。」(ルカ伝1章45節)

 去る10日、私たちは5名で、近くにある健康福祉施設を会場に、クリスマスコンサートをさせていただきました。50名ほどの高齢者の皆さんが、私たちの音楽の贈り物を楽しんでくださいました。二千年前に、天使の軍勢が野宿していた羊飼いたちに突然現れて、「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」(ルカ2-14)と讃美したときのように、聴かれた方々の中には、多少の驚きと戸惑いがあったかもしれません。

 しかし、普通ではなかなか耳にすることのないキャロルを、あれほどの人たちが聴くことができたのですから、聖歌隊冥利に尽きる奉仕だったと思います。何人かの方々は私たちのチーム名「ヘブンリードロップス(天の雫)」を覚えてくれました。施設の方も、「また来てください。」と招いてくださいました。主が、このような証の門を開いていてくださることを感謝します。聴かれた皆さんの心に、神様の恵みが留まりますよう、お祈り申し上げます。

 先日、初老の方が教会の門を叩きました。夕張で閉山に遭い、家族とも別れ、日田に来て日雇いで働いていたけれども、リストラされ、久留米の友達を訪ねるつもりだとのことです。おなかが空いてしまったので、おにぎりでもとのことでした。多額のものを求めるのでなく、「おにぎり代を」という言葉に、正直さを感じ、それがしのお金を差し上げました。その後、「天に哀れみ深い神様が、あなたを見守っておられることを忘れないでくださいね。」と話し、寒空の下での守りを祈らせていただきました。

 世界的な経済の縮小が進む中、日本にも職を失う方々が増えて行くそうです。私たちのような小さな教会にできる援助は限られていますが、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイ11-28)と語られたイエス様を紹介できるのは教会だけです。また、イエス様への信仰だけが人を、「私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。」(ピリピ4-11)と言えるまでに高めていってくれるのです。

 世界で最初のクリスマスに登場する人たちの感動の讃美は、どこから湧き上がったのでしょうか。それは神の語りかけを聴く素直な信仰の心からにちがいありません。今なお、クリスマスのメッセージを心を低くして聴く人はインマヌエル(神は私たちとともにおられる)の歓喜に満たされます。この祝福のシーズン、クリスマスの感動が私たちの心から始まって、周囲へと伝播し、多くの人たちに及びますように。



無題 | 13:11:52 | トラックバック(0) | コメント(0)
暗い時代にも、希望の光は輝いている!

そのあわれみにより、日の出がいと高き所からわれらを訪れ、暗黒と死の陰にすわる者たちを照らし、われらの足を平和の道に導く。(ルカ伝1章78、79節)

 私たちは一週前からクリスマスを待ち望むアドベント(待降節)に入っています。これからしばらくは、一年間開かれることのなかったクリスマスキャロルのページが開かれ、数々の名曲を心行くまで歌うことになります。数ある讃美歌の中でも、一般にも親しまれ、際立って美しいのがクリスマスのキャロルです。このシーズン、私たちが天使になって、あちこちで神への賛歌を響き渡らせましょう。

 イザヤの預言に、「やみの中を歩んでいた民」とか、「死の陰の地に住んでいた者たち」(9-2)という表現が出てきます。最近の報道の中にも、この「やみ」の拡がりを恐れさせるものがあります。それは、一流と見なされている大学にさえ、禁止薬物の汚染で逮捕される学生たちが相次いでいる事態です。将来ある若者たちが酒やタバコはもちろんのこと、人格を蝕むような危険薬物にさえ手を出していると聞けば、暗澹たる思いにさせられます。詩篇の作者のように、「どのようにして若い人は自分の道をきよく保てるでしょうか。」(119-9)と問うてみざるを得ません。

 彼らの多くは若気の至りの好奇心から転落の道に踏み入ってしまったのでしょう。私も自分が彼らと同じような世代だった頃のことを思い出します。学生の分際でありながら、先輩たちに誘われては、幾分かの遊興を楽しんでいました。しかし、私はソロモンが告白したように、「空の空。すべては空。」(伝道1-2)と感じ、そのような世の楽しみに浸り続けることはできませんでした。

 そんな中で、強く思うようになったのが、「キリスト教の教会に行ってみたい。」ということでした。幸いにもその願いはまもなく実現し、それ以来数十年、これまでに四つの教会へ導かれることとなりましたが、常に教会を我が家として生きてくることができました。良い教会にとどまってこれたからこそ、悪い誘惑から守られたのだと、つくづく感謝しています。
 昨今の経済状況の悪化が、ますます闇を深めてゆくのではと恐れます。しかし、このアドベントに聞く、「やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が照った。」というみことばは今も直、闇を吹き払う希望の知らせです。そして、教会だけが世に向かって、二千年前の美しいクリスマスの出来事を語り聞かせることができるのです。それは、何と言う特権でしょうか。

 今年も子どもクリスマス会も計画しています。幼子たちにサンタさんではなく、本当のクリスマスの主人公イエス様を紹介してあげるのです。キャロルも覚えて帰って、お家で歌ってくれるかもしれません。期待しつつ、クリスマスの準備に励みましょう。



無題 | 15:40:16 | トラックバック(0) | コメント(0)