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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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本物の感動

 あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。これは、信仰の結果である、たましいの救いを得ているからです。   (Ⅰペテロ1章8,9節)

昨日から、サッカーのワールドカップが始まったようです。これを観るために、新型のテレビの売れ行きが好調だそうです。何がそれほどまでに、人々を引き付けるのでしょうか。一つには、目標に向かって、能力を出し切っている選手たちの美しさだろうと思います。

私は先日、テレビ番組の公開録画の券が当たり、楽しいときを過ごさせていただきました。特に、素人の音楽愛好家が九州交響楽団と競演するのを聴き、ディレクターにも乗せられて、思わず手が痛くなるほど拍手してしまいました。一生懸命団員募集をするトランペッター、将来は九協のコンサートマスターになるんだというヴァイオリニストの少年、今は亡き母に捧げるためにフルートを始めたという働き者のママさん、お三方とも日々の精進がしのばれて、感動ものでした。

感動の種は、こうした特別な大舞台だけにあるわけではありません。もっと身近に、いや、たった一人の場面にも感動はありうるのではないでしょうか。信仰の母として知られるハンナの「心は痛んでいた。彼女は主に祈って、激しく泣いた。」(第一サムエル1-10)とあります。
なぜ、この苦悩の状態が感動なのかと思われるかもしれません。しかし、これは神に語りかける幸いであり、感動の原点なのです。心に深い悲しみを抱えつつも、なお神にひたすら祈る姿ほど気高いものはありません。

ハンナの真実な魂の叫びは神に届き、やがて彼女は願ったとおり、男の子の母となります。そして、ハンナはその宝の息子を私物とせず、神様の御用のためにお捧げしました。「私のものは、私のもの」と言って、握り締めていたくなるのが、人間の本性ではないでしょうか。
しかし、ハンナは躊躇なく、神への約束を実行する信仰の女性でした。この信仰の決断は大いなる祝福をもって報われたのです。神にお捧げした長男サムエルは、やがて国を導く預言者となりましたし、ハンナ夫婦には更にこどもたちが増し加えられました。

今、私たちには「信仰の創始者であり、完成者であるイエス」(ヘブル12-2)様と共に歩む感動があります。それは大衆が歓喜するようなものではありません。いや、むしろ人々から中傷されることがあるかもしれません。しかし、キリストによる魂の救いこそが、永遠に続く無比の礎なのです。



無題 | 18:35:50 | トラックバック(0) | コメント(0)