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甘木BBC

Author:甘木BBC
福岡県朝倉市にある、聖書を神のことばとしてお伝えしているキリスト教会です。
http://amagibbc.com/

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「地に平和」を来たらすために働きましょう!
これはわれらの神の深いあわれみによる。そのあわれみにより、日の出がいと高き所からわれらを訪れ、暗黒と死の陰にすわる者たちを照らし、われらの足を平和の道に導く。(ルカ伝1章78、79節)

 先日初めて、中学校の福祉体験授業の講師を務め、受験を前にした三年生たちに、私が体験した失明と、そこからの立ち直りについて話しました。最初に触読した点辞書が聖書と讃美歌であったこと、そこから正しい生き方の基礎を学んだことについても伝えました。中には悩みを抱えた生徒たちもいることでしょうから、私の経験が役に立って、良き道へ進むきっかけになってくれればと願っています。
 くつろいで話を聞いてほしかったので、晩秋の歌曲やクリスマスキャロルをベルで演奏し、聴いてもらいました。それもまた、良い思い出になってくれれば幸いです。彼らが私を覚えていてくれて、どこかで声を掛けてくれるようにと、ひそかに期待もしています。楽しい初体験でした。
 さて、この平和を祈るアドベントに、長年アフガニスタンの人道支援にたずさわれた中村哲先生が襲撃され、命を落とされるという悲劇が起こりました。昨夏、私たち 視覚障がい者クリスチャン団体の修養会の講師として来てくださり、朝倉の灌漑方式をアフガニスタンに導入し、「焼けた地は沢となり潤いのない地は水のわく所となり」というイザヤの預言の成就のような先生の働きについて聴かせていただきましたが、崇高な使命が途上半ばで止められたことは、多くの人々にとって痛恨の極みです。
 しかし、指導者を失ったペシャワール会が、すべての事業を継続する宣言をするのを聴き、イエス様が語られた「一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。」(ヨハネ12-24)という御言葉の成就を見る思いがしました。その会の崇高な目的がアフガニスタンのみならず、世界中で引き継がれ、神のみこころが地に実現していくことをいのります。
 そして、中村先生と言葉を交わし、握手をさせていただいたことは、私への励ましとして残っています。へブル書に、「多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いている」(12-1)とありますが、私たちには模範とすべき信仰の先輩たちが多くいます。その人たちの信仰の歩みに励まされ、立てられたこの地で、クリスマスノ主イエス様を証してまいりましょう。


未分類 | 22:26:58
クリスマスの救いがあなたにも訪れますように!
この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。(ヨハネ伝1章4、5節)

 アドベント第一礼拝の後、6回目となる美奈宜の杜でのクリスマスコンサートを開き、43名の方々が集い、キャロルのコーラス、ベルの賛美を聴かれました。共演のバンド、リコーダーアンサンブルの演奏、ティーサービスも好評で皆さん楽しんでお帰りになりました。杜から賛美歌を歌ってみたいと思われる方、教会のクリスマスへ足を運ばれる方が更に起こされていくよう祈りましょう。
 週報をここまで書いたところで、教会に新しいパソコンが来ました。旧パソコンからのデータ移動もしていただき、こうして続きを書けるようになりました。主の守りを感謝します。自由に操作できるようになるには少し時間がかかるかもしれませんが、そのうちには気が合ってくるでしょう。
 クリスマスの登場人物たちには「爆発するような」喜びがあります。高齢となってバプテストのヨハネの母となったエリサベツは、「主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう。」(ルカ1-45)と賛美しましたし、不信の罪を悔い改めた祭司ザカリヤもイエス様について、「暗黒と死の陰にすわる者たちを照らし、われらの足を平和の道に導く。」(78)と神をほめたたえました。
 このアドベントの期間中に学校や施設でキャロルの演奏やお話をする機会が備えられています。甘木で20年証を続けて、今、新しい門が開かれたのです。更に、主がどのような方向へ導いてくださるか楽しみです。
 今耳にしたニュースによれば、アフガニスタンで医療、農業支援を続けて来られた中村哲先生が襲撃され、死亡されたとのことです。私たちは昨年、福岡に先生をお招きし、講演いただきましたが、貧困に苦しむアフガンの人々を救うために全身全霊を注がれた先生とその協力者たちにさえ銃口を向ける時代を憂えます。しかし、それでもなお、イエス・キリストに「罪の赦し」(エペソ1-7)と「永遠のいのち」(ヨハネ3-16)の希望があることを証してまいりましょう。


未分類 | 22:24:01
クリスマスの喜びを語りましょう!
ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。(イザヤ書9章6節)

 今日はアドベント(待誕節)の第一礼拝です。キャロルも歌いますし、クリスマスを預言した聖書箇所も読まれます。いきなりクリスマスが祝われるのでなく、心を備える期間があるわけです。そんな意義ある日の午後、私たちは美奈宜の杜で「クリスマスコンサート」をします。住民の皆さんが賛美歌を通して、聖書が伝えるクリスマスの出来事と、その意味とに心を向けてくれるよう願っています。
 そのティータイムでお出しするケーキを、Y姉にも手伝っていただいて8本焼きました。それもまた、クリスマスの主人公イエス様の「いのちを与えるほどの愛」を表すための奉仕です。私たちは豊かに与えられましたから、その愛を、周りの人たちとも分ち合います。こうして、「やみの中を歩んでいた民は「大きな光を」見ることができ、「死の陰の地に住んでいた者たちの上に神の祝福の光が輝きます。
 杷木での「歌のプレゼント」をお手伝いしてくださったMさんが病んでおられたことを知りました。連絡してみると、かなり辛いところを通ったとのことでした。クリスマスにお誘いしてみると、「楽しみです。」との返事でした。その他にも何名かの方々に案内しました。今年はクリスマス礼拝で新顔をお迎えできることを期待しています。
 また、金曜に、私は中学三年生の福祉授業の講師をします。聖書を読むことを通して点字が読めるようになったこと、賛美歌を歌うことによって、音楽の能力が開かれたことなどを話そうと思っています。妻とベルも演奏して、受験前の生徒たちのストレス解消にもなれば嬉しいです。
 イエス様は、「ほかの町々にも、どうしても神の国の福音を宣べ伝えなければなりません。わたしは、そのために遣わされたのですから。」(ルカ4-43)と語られ、人々の救いのために働かれました。イエス様のその熱心な愛によって救われた私たちも、このクリスマス、キリストの愛をもって人々にお仕えさせていただきましょう。


未分類 | 22:20:17
イエス様に奉仕できる幸い!
遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」(ローマ書10章15節)

 今朝は日本宣教50年を超えて、なお盛んに働きを続けておられるB先生をお迎えし、共に主に感謝の礼拝を捧げます。甘木で福音の働きがスタートしたのも、先生の労によるものでした。また、現会堂の建築も、先生を介して、アメリカの諸教会から多額の支援をいただくことによって実現しました。L先生を点に送られ、深い悲しみを経験されつつも、なお日本にとどまって諸教会を励まし続けてくださる先生の御奉仕を感謝します。
 先生はいつも明るく、ユーモアに富んでおられますが、実は癌を患われ、長く闘病のときを過ごされました。それだけでなく、いくつかの病との闘いをしつつ、宣教の任を果たして来られました。先生の歩みは「主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。」(イザヤ40-31)という御言葉が真理であることを教えてくれます。
 さて、先日、「あさくら祭」が開かれましたが、私たち音楽ボランティア「ヘブンリー・どろっぷす」がベルの演奏とコーラスでエベントに協力させていただきました。知り合いの方々も応援に来てくださり、ビデオ撮影までしてくださいました。そのときに久しぶりにお会いした方の招きで、三日後に、その方の働いておられる施設でも奉仕させていただきました。「わたしは、だれも閉じることのできない門を、あなたの前に開いておいた。」黙示3-8)という御言葉のとおり、主は良き証しの門を開き、私たちを導いていてくださいます。
 次週はアドベントの第一礼拝を捧げて後、美奈宜の杜での「クリスマスコンサートに臨みます。ケーキを焼いたり、会場を飾りつけたりの奉仕もあります。何よりも集ってくださる皆さんに最高の音楽プレゼントができるように、コーラスやベル演奏の練習もします。私たちを罪の滅びの中から救い上げてくださった救い主イエス様を讃え、証しすることは、私たちの最高の喜びだからです。
 水曜の午前祈祷会でクリスマス礼拝で捧げるミュージックベルの練習をしました。7名は初心者ばかりですが、「きよしこの夜」と「もろびとこぞりて」を立派に演奏できました。当日までに更に磨きをかけて、主の御降誕への感謝の捧げ物としたく、準備しています。来たるクリスマスの機会に、一人でも多くの方々がイエス様の「永遠のいのち」に繋がることができるよう、予定されている集いにお招きさせていただきましょう。



未分類 | 22:17:53
「天に宝を積む」生き方!
この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。(マタイ伝24章35節)

 「あさくら音楽祭」でのジョイフルクワイヤのコーラスの感動冷めやらぬうちに、美奈宜の杜でのクリスマスコンサート(12月1日)の準備が始まっています。昨年クリスマス前に買ったミュージックベルで、遂に皆で「きよしこの夜」を演奏することができました。これから続々と他のキャロルにも挑戦します。詩篇には、「新しい歌を主に向かって歌え。」(33-3)とあります。このクリスマス、新しい感動、新しい音色を響かせて、救い主イエス様をほめたたえましょう。
 先礼拝のメッセージにおいて神様が、「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。」、「誠実を尽くし続けた。」(エレミア31-3)と私たちに語りかけておられるのを聴きました。ここ数年、甚大な災害を経験してきた私たちにとって、これはなんと安心を与える御言葉でしょうか。また、「あなたがたがしらがになっても、わたしは背負う。」(イザヤ46-4)とも語りかけておられます。歳とっていく私たちにとって、これもまた頼もしい約束ではないでしょうか。
 私は最近「遺品整理業」という職種のあることを知りました。身うちがいなかったり、いても、遠くに居られて、遺品の整理のできない場合もあるでしょうから、これもまた時代が成り立たせている職業なのでしょう。その方の話を聴いて、イエス様が語られた、「自分の宝は、天にたくわえなさい。」(マタイ6-20)という御言葉を思わされました。地上に蓄えた物は誰かにかたづけの任を負わせるだけです。大事なのは、その人のたましいの行方です。
 ヨハネはイエス様を信じた者たちに、「永遠のいのちを持っていることを、あなたがたによくわからせるためです。」(Ⅰヨハネ5-13)と書き送りました。果たして、私たちはこの「永遠のいのち」の価値をよくわかっているでしょうか。聖書は、「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている」(ヘブル9-27)と教えています。あなたは既に、「イエス・キリストを信じる信仰による神の義」(ローマ3-22)をいただいていますか?
 今日、保険の担当者が来られ、この災害の頻発によって、「保険料の値上げは必須でしょう。」と話しておられました。当然でしょう。それよりも、私たちは救い主イエス様を信じ、天に宝を積む生き方を励んでまいりましょう。


未分類 | 22:14:40
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